ニーチェの名言(4)
われわれ一人ひとりの気が狂うことは稀である。
しかし、集団・政党・国家・時代においては、日常茶飯事なのだ。
自分について多くを語ることは、自分を隠す一つの手段となり得る。
人は賞讃し、あるいは、けなす事ができるが、永久に理解しない。
他の人に懺悔してしまうと、当人は自己の罪は忘れるが、たいてい相手の人はそれを忘れない。
一切の書かれたもののうち、私はただ、その人がその血をもって書かれたもののみを愛する。
血をもって書け。
君は、血が精神であることを知るだろう。
愛の終わりはいつも善悪を越えたところで起こる。
人は何を笑いの対象にするかで、その人の人格がわかる。
汝の立つところ深く掘れ、そこに必ず泉あり。
論争に応ずる場合には、双方にとっていちばん不愉快なやり口は、立腹して黙っていることである。
というのは、攻撃者側は一般的に沈黙を軽蔑のしるしと考えるからである。
人が意見に反対するときはだいたいその伝え方が気に食わないときである。
すべての知識の拡大は、無意識を意識化することから生じる。
男の幸せは「われ欲す」、女の幸せは「彼欲す」ということである。
結婚とは、幻想を父とし、必要性を母として生まれるものである。
夫婦生活は長い会話である。
人生に対してもっと大きい信頼を寄せているなら、おまえたちはこれほど瞬間に身を委ねることもないだろうに。
悪人がいくら害悪を及ぼすからといっても、善人の及ぼす害悪にまさる害悪はない。
私を破壊するに至らないすべてのことが、私をさらに強くする。
若者を確実に堕落させる方法がある。
違う思想を持つ者よりも同じ思想を持つ者を尊重するように指導することである。
静かに横たわって、のんびりして、待っていること、辛抱すること。
だが、それこそ、考えるということではないか!
過小評価するより過大評価する方が、判断力の欠如を完璧に暴露してしまう。
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