ニール・アームストロングの名言には、次のような言葉があります。
- ヒューストン、こちら静かの基地。鷲は舞い降りた
- わたしたちが月に行くのは、困難に立ち向かうことが人間の本質であるからだと思う
人類で初めて月面に降り立ったニール・アームストロング(1930~2012)の名言をご紹介します。
ニール・アームストロングの生涯
| 氏名 | ニール・アームストロング |
|---|---|
| 英語名 | Neil Armstrong |
| 生年月日 | 1930年8月5日 |
| 没年月日 | 2012年8月25日 |
| 享年 | 82(歳) |
| 国籍 | アメリカ |
| 出生地 | オハイオ州ワパコネタ |
| 職業 | 宇宙飛行士、パイロット |
| 名言 | これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である |
1930年8月5日、ニール・アームストロングはオハイオ州ワパコネタに生まれる。父はオハイオ州の役所に勤務していた。
ニールは14歳のときにボーイスカウトの最高位であるイーグルスカウトの位を取得している。
1947年、17歳のニールはインディアナ州にあるパデュー大学に入学し、航空工学を学ぶ。ニールは2年間大学に通った後、3年間海軍に勤務し、また2年間復学するという奨学金制度を利用していた。
1949年、19歳のニールは海軍に入る。ニールは飛行機操縦と航空母艦への離着艦の技術を教育され、20歳のときに海軍飛行士の認定を受けた。
1951年、ニールは少尉に昇進。同年、ニールを乗せた空母エセックスは、朝鮮戦争における対地攻撃を行なうために、朝鮮半島へと向けて出航。ニールは朝鮮戦争で計121時間にわたって飛行し、エア・メダル勲章などを受章した。
1952年、ニールは22歳で海軍を除隊し、パデュー大学に復学。25歳のときに航空工学の学位を得て卒業した。
大学卒業後、ニールは新型機の試験飛行を行なうテスト・パイロットになることを決意。1955年から国立航空諮問委員会(NACA)の高速飛行本部で勤務することになった。ニールは様々な実験機で900回以上ものテスト飛行を行っている。
1956年には在学中に知り合ったジャネット・エリザベス・シェアロンと結婚。子どもを3人授かっている。
1962年、マーキュリー・セブン(マーキュリー計画で選抜された、アメリカ初の7人の宇宙飛行士)に続き、第2次の宇宙飛行士選抜が行なわれる。ニールは宇宙飛行士に志願し、選抜された。
1968年12月、38歳のニールはアポロ11号の船長に任命される。
1969年7月20日、アポロ月着陸船「イーグル」号は月に着陸。そして7月21日、ニール・アームストロングは人類で初めて月面に降り立った。
アポロ11号の飛行を終えた後、ニールは宇宙飛行士を引退することを表明。
1971年にNASAからも退官し、ニールはシンシナティ大学で航空宇宙工学の教鞭を執った。
1979年、49歳のニールはシンシナティ大学を退職。その後は企業のCMに出演したり、企業経営にも参加。
2012年8月25日、ニール・アームストロングは心臓血管の手術後の合併症のために死去、82年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
ニール・アームストロングの名言・格言集
・ニール・アームストロングの名言(1)
・ニール・アームストロングの名言(2)
【関連ページ】
・英語の名言・格言【ニール・アームストロング】
ニール・アームストロングの名言(1)
ヒューストン、こちら静かの基地。
鷲は舞い降りた。
わたしたちは自信過剰にならないように一生懸命努力した。
なぜなら、うぬぼれているときには、何かが嚙みついてくるからね。
正直なところ、自分でもびっくりなんだけど、月に行くのを夢見たことは一度もなかったのです。
わたしたちが月に行くのは、困難に立ち向かうことが人間の本質であるからだと思う。
神秘は好奇心を生み出す。
そして好奇心は人間の理解したいという欲求の基礎なのだ。
これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。
研究は新しい知識を生み出している。
宇宙飛行士の魅力は、実は月にあるのではなく、まったく新しい方法で飛ぶことにあると思った。
あの小さくてきれいな青いエンドウ豆のようなものが地球であることに衝撃を受けました。
親指を立て片目を閉じると、親指が地球を覆い隠しました。
自分が巨人になったとは思えなかった。
逆にとてもとても小さな存在に感じたのです。
わたしは心臓の拍動回数には限りがあると信じている。
エクササイズで走り回って、心拍を無駄にするつもりはない。
人々は陰謀論が大好きなのさ。
地質学者には「岩は記憶している」という格言がある。
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ニール・アームストロングの本・関連書籍
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な跳躍だ」。一九六九年、ニール・アームストロングはアポロ11号で月への第一歩を記した。アメリカの有人月着陸という壮大なミッションに隠された真実を初めて明らかにするアームストロング公認の決定版伝記。月面着陸五〇周年を記念した新編。
アポロ11号で人類史上初めて月面に降り立った宇宙飛行士の一生を描いたオールカラーの伝記まんが。巻末には、その人物が生きた時代の背景や、その人物に関する詳しい資料を掲載して、まんがの内容がより深く理解できるようになっている。
米ソ冷戦下の1958年、宇宙開発の総合的推進機関として設立されたNASA(米国航空宇宙局)。強力な研究開発センターをいくつも擁し、宇宙への“最前線組織”として、アポロ、スペースシャトル、国際宇宙ステーション、惑星探査などの計画を進めた。だが予算削減、事故、国際情勢の変化により、その目的は変更を余儀なくされていく。本書は、時代の波に翻弄されながらも宇宙開発に挑んできた巨大技術組織の軌跡を描く。
ニール・アームストロングの名言・言葉の一覧
| No. | ニール・アームストロングの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | ヒューストン、こちら静かの基地。鷲は舞い降りた。 |
| 2 | わたしたちは自信過剰にならないように一生懸命努力した。なぜなら、うぬぼれているときには、何かが嚙みついてくるからね。 |
| 3 | 正直なところ、自分でもびっくりなんだけど、月に行くのを夢見たことは一度もなかったのです。 |
| 4 | わたしたちが月に行くのは、困難に立ち向かうことが人間の本質であるからだと思う。 |
| 5 | 神秘は好奇心を生み出す。そして好奇心は人間の理解したいという欲求の基礎なのだ。 |
| 6 | これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。 |
| 7 | 研究は新しい知識を生み出している。 |
| 8 | 宇宙飛行士の魅力は、実は月にあるのではなく、まったく新しい方法で飛ぶことにあると思った。 |
| 9 | あの小さくてきれいな青いエンドウ豆のようなものが地球であることに衝撃を受けました。親指を立て片目を閉じると、親指が地球を覆い隠しました。自分が巨人になったとは思えなかった。逆にとてもとても小さな存在に感じたのです。 |
| 10 | わたしは心臓の拍動回数には限りがあると信じている。エクササイズで走り回って、心拍を無駄にするつもりはない。 |
| 11 | 人々は陰謀論が大好きなのさ。 |
| 12 | 地質学者には「岩は記憶している」という格言がある。 |
| 13 | 星を狙う(高望みをする)のだ。月を狙う(思い切り高望みをする)ことに失敗してしまった場合にはね。 |
| 14 | 科学はまだ予言能力を習得していない。来年の予測はしすぎるほどであるが、次の10年の予測はあまりにも少なすぎる。 |
| 15 | 歴史は偶発的な出来事と予測不可能な選択の連続であるため、未来を予測することは非常に難しい。 |
| 16 | わたしは今までも、そしてこれからも、白い靴下をはいて、ポケットプロテクター(胸のポケットに入れるペン差し)を使う、オタクのエンジニアです。 |
| 17 | パイロットは歩くことに特別な喜びを感じません。パイロットは空を飛ぶのが好きなのです。 |