チェ・ゲバラの英語の名言には、次のような言葉があります。
- One has to grow hard but without ever losing tenderness.(人は強くならなければならないが、決して優しさを失ってはいけない)
- The first duty of a revolutionary is to be educated.(革命家にとっての第一の義務は、教育を受けることだ)
アルゼンチン生まれの革命家、フィデル・カストロと共にキューバ革命を成し遂げたチェ・ゲバラ(1928~1967)の英語の名言をご紹介します。
チェ・ゲバラの生涯
| 氏名 | チェ・ゲバラ |
|---|---|
| 英語名 | Che Guevara |
| 生年月日 | 1928年6月14日 |
| 没年月日 | 1967年10月9日 |
| 享年 | 39(歳) |
| 国籍 | アルゼンチン生まれ |
| 出生地 | サンタフェ州ロサリオ |
| 職業 | 政治家、革命家 |
| 名言 | 人は強くならなければならないが、決して優しさを失ってはいけない |
1928年6月14日、チェ・ゲバラはアルゼンチン第二の都市ロサリオで裕福な家庭に生まれる。本名はエルネスト・ゲバラ。
「チェ・ゲバラ」の ” チェ ” はスペイン語の方言で「やぁ」「おい」「ダチ」といった意味があり、ゲバラが初対面の相手に「チェ。エルネスト・ゲバラだ」と挨拶していたことから、キューバ人たちが「 ” チェ ” ゲバラ」というあだ名をつけたという。
未熟児として生まれたゲバラは身体が弱く、2歳のときに重度の喘息と診断される。
ゲバラは13歳で高校に入学。喘息にもかかわらず、ラグビーやサッカーなどの激しいスポーツを愛好した。
1948年、20歳のゲバラはブエノスアイレス大学医学部に入学。アレルギーの研究を志す。
ゲバラは23歳のときに友人とオートバイで南アメリカをまわる放浪旅行を経験。
1953年、25歳のゲバラは医師免許を取得。友人と再び南米放浪の旅に出る。
中央アメリカのグアテマラではペルー人社会主義者イルダ・ガデアと出会い、ゲバラは社会主義に目覚める。
1954年、グアテマラの革命政権が軍部のクーデターで倒される。ゲバラの暗殺指令が出されたため、ゲバラとイルダ・ガデアはメキシコへ亡命。
翌年、27歳のゲバラはイルダ・ガデアと結婚。その翌年、長女が誕生。
1956年、ゲバラはメキシコ亡命中の反体制派キューバ人のリーダーであるフィデル・カストロ(1926~2016)と出会う。キューバのフルヘンシオ・バティスタ独裁政権打倒を目指すカストロに共感したゲバラは、反独裁闘争に参加することを決意。
同年、カストロをリーダーとした反乱軍総勢82名はグランマ号でキューバに上陸、ゲバラは以後25ヶ月間におよぶゲリラ戦に従軍。ゲバラは次第に反乱軍のリーダーのひとりとして認められるようになり、指揮権と少佐の階級を与えられカストロに次ぐ反乱軍ナンバー2となった。
1959年、バティスタが国外逃亡しキューバ革命が成立。ゲバラにはキューバの市民権を与えられ、キューバ新政府の国立銀行総裁に就任した。
同年、ゲバラはイルダ・ガデアと離婚。同志アレイダ・マルチと結婚し、その後4児をもうける。
1959年7月、31歳のゲバラはキューバの通商使節団を引き連れて来日、12日間滞在した。広島市の原爆資料館を訪問したゲバラは「なぜ日本人はアメリカに対して原爆投下の責任を問わないのか」と問うたという。
1960年、カストロがアメリカ資本の石油関連産業を接収して国有化。アメリカはキューバへの経済封鎖を行った。
1961年、ケネディ大統領(1917~1963)がキューバ侵攻作戦を認可すると、カストロ革命政権の打倒を試みたピッグス湾事件が勃発。ゲバラはカストロと共に反カストロの亡命キューバ人部隊を破った。この事件の後、カストロはキューバの社会主義を宣言した。
1964年、36歳のゲバラは国連総会でキューバ主席として演説、7月26日運動の合言葉『祖国か、死か!』を紹介する。
1965年 、ゲバラは国際的な革命闘争に参加するためアフリカ各地を歴訪。コンゴでは一時的にコンゴ動乱に参加した。
1966年、ゲバラはコンゴ動乱から引き揚げ、新たな革命の場として南米ボリビアへ渡る。
1967年、ゲバラはゲリラ部隊と行動中に政府軍の襲撃を受けて捕えられる。
翌日の1967年10月9日、チェ・ゲバラはボリビア大統領の命令で処刑され、39年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
チェ・ゲバラの英語の名言・格言集
【関連ページ】
・チェ・ゲバラの名言・格言(日本語の名言)
チェ・ゲバラの英語の名言
One has to grow hard but without ever losing tenderness.
人は強くならなければならないが、決して優しさを失ってはいけない。
We cannot be sure of having something to live for unless we are willing to die for it.
目的のためには死をもいとわないと思えたとき、わたしたちは生きがいを確信することができる。
Silence is argument carried out by other means.
沈黙もひとつの論争なのだ。
I will fight with all the weapons within my reach rather than let myself be nailed to a cross or whatever.
十字架にはりつけになるよりも、わたしは手に入るすべての武器で戦う。
Many will call me an adventurer – and that I am, only one of a different sort: one of those who risks his skin to prove his truths.
わたしのことを冒険家というのなら、たしかにそうだ。しかし、わたしは違うタイプの冒険家だ。自分の真理を証明するためなら、命も賭ける冒険家だ。
The life of a single human being is worth a million times more than all the property of the richest man on earth.
一人の人間の命は、地球上で一番豊かな人間の全財産よりも100万倍価値がある。
Let the world change you and you can change the world.
世界があなたを変えれば、あなたは世界を変えられる。
It’s a sad thing not to have friends, but it is even sadder not to have enemies.
友達がいないのは悲しいことだ。しかし敵がいないのはさらに悲しいことだ。
The revolution is not an apple that falls when it is ripe. You have to make it fall.
革命は熟せば落ちるリンゴではない。自分で落とさなければならないのだ。
Be realistic, demand the impossible!
現実的になり、不可能なことを求めるのだ!
The only passion that guides me is for the truth… I look at everything from this point of view.
わたしを導くものは真実への情熱だけだ。この観点からすべてを考える。
Above all, always be capable of feeling deeply any injustice committed against anyone, anywhere in the world. This is the most beautiful quality in a revolutionary.
世界のどこかで誰かが被っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。
At the risk of seeming ridiculous, let me say that the true revolutionary is guided by a great feeling of love. It is impossible to think of a genuine revolutionary lacking this quality.
バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。愛の無い真の革命家を想像することは、不可能だ。
Cruel leaders are replaced only to have new leaders turn cruel.
残酷なリーダーは結局、残酷に転じた新しいリーダーに取って代わられることになる。
If you tremble with indignation at every injustice then you are a comrade of mine.
あらゆる不正に対して怒りに震えるならば、あなたはわたしの同志だ。
The first duty of a revolutionary is to be educated.
革命家にとっての第一の義務は、教育を受けることだ。
The walls of the educational system must come down. Education should not be a privilege, so the children of those who have money can study.
教育制度の壁を取り壊さなければならない。教育は裕福な子供だけが勉強できるといった特権であってはならない。
Every day People straighten up the hair, why not the heart?
人は毎日髪を整えるが、どうして心は整えないのか?
I am not a liberator. Liberators do not exist. The people liberate themselves.
わたしは解放者ではないし、そんなものは存在しない。人は自らを解放するのだ。
I know you are here to kill me. Shoot, coward, you are only going to kill a man.
わたしを殺しに来たのだろう。撃て、臆病者め。お前の目の前にいるのはただの男だ。
おわりです。
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チェ・ゲバラの本・関連書籍
南米アルゼンチンの裕福な家に生まれ、医師になるも、貧困と圧制と腐敗の覆う現実を憂い、キューバ革命へと身を投じたチェ・ゲバラ。彼はどのように生き、そして死んだのか。その情熱と友情。遺した言葉は「ユネスコ世界記憶遺産」にも登録され、いまなお全世界で語られる伝説の男、ゲバラを描いた不朽の傑作評伝、増補版。
フィデル・カストロとともに1959年のキューバ革命を成就させ、20世紀最大のゲリラとして、今なお人々の心に残るチェ・ゲバラ。医学を志した学生時代から、圧政に苦しむ人々のためにゲリラ戦士となり、革命成就後、与えられた地位を拒み、新たな解放を目論み南米・ボリビアで67年に殺害されるまでのノンフィクション・ノベル。殺害された地に立った著者の思いを描く。
「帝国主義のあるところ、僕はどこでも戦い続ける。永遠の勝利の日まで―」。幼いときから喘息に悩まされ、当初は医者を志していたチェ・ゲバラ。しかし、搾取と貧困にあえぐ人々の存在を知り、ゲリラとして、革命家として戦う道を選ぶ…。海外で“バイオグラフィック・ノベル”として発売され好評を博した、日本発のコミックを「逆輸入」して文庫化。
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