長嶋茂雄の名言には、次のような言葉があります。
- なぜ逃げるのか。打たれて命を取られるのか。打たれたからって命を取られるわけないんだ。逃げるな
- 努力は人が見てないところでするものだ。努力を積み重ねると人に見えるほどの結果がでる
闘志あふれるプレイと無類の勝負強さで巨人軍のV9時代に活躍。ミスター・ジャイアンツと称される長嶋茂雄(1936~2025)の名言をご紹介します。
長嶋茂雄の経歴
| 氏名 | 長嶋茂雄 |
|---|---|
| 生年月日 | 1936年2月20日 |
| 没年月日 | 2025年6月3日 |
| 享年 | 89(歳) |
| 国籍 | 日本 |
| 出生地 | 現在の千葉県佐倉市 |
| 職業 | プロ野球選手(内野手)、監督 |
| 別名 | 「ミスタージャイアンツ」「ミスタープロ野球」「ミスター」など |
| 名言 | ウサギとカメならカメでいい。我慢する勇気が重要なんです。 |
1936年2月20日、現在の千葉県佐倉市に4人兄弟の末っ子として生まれる。小学4年生から兄の影響で野球を始めたが、当時は終戦間もなく、ボールやグラブは母親の手作り。バットも青竹を割った手製のものであった。
1951年、佐倉第一高等学校に進学。2年生から4番打者を担う。ほぼ無名であったが南関東大会で推定飛距離107mの特大ホームランを放ち、野球関係者から注目を集める。巨人からプロ入りのオファーもあったが父親は進学を希望し、進学を理由に勝手に断っている。
1954年、立教大学に進学。同年、父親が急逝。一家の大黒柱を失い、大学を中退してプロ入りすることも考えたが母親から反対され断念。母親が行商をするなどして生計を支えた。
東京六大学野球においては首位打者を獲得するなど活躍。多くの球団が長嶋との接触を図っていたが、母親から「せめて在京の球団に」と懇願され、巨人への入団を決める。
1958年4月、対国鉄スワローズ戦に3番サードでデビュー。国鉄のエース金田正一投手に4打席連続三振を喫したが、そのすべてが渾身のフルスイングであったことが伝説的に語り継がれている。
8月から川上哲治に代わる4番打者となり、チームのリーグ優勝に貢献。最終成績は、29本塁打・92打点を記録。本塁打王と打点王の二冠を獲得。新人王に選ばれる。
翌年、1959年6月25日の対阪神戦は、日本プロ野球史上初の天覧試合(昭和天皇が観戦)。長嶋が劇的なサヨナラ・ホームランを放ち、長嶋の勝負強さが日本中に知れ渡る。
それまで大学野球が人気で、プロ野球は軽んじられることもあったが、この試合からプロ野球の隆盛は始まったともいわれている。この試合では新人の王貞治もホームランを打っている。これは長嶋の引退試合も含め、106回あったONアベック・ホームランの第1号である。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
長嶋茂雄の名言・格言集
・長嶋茂雄の名言(1)
・長嶋茂雄の名言(2)
・長嶋茂雄の名言(3)
【関連ページ】
・王貞治の名言・格言
・野村克也の名言・格言
・落合博満の名言・格言
・イチローの名言・格言
長嶋茂雄の名言(1)
なぜ逃げるのか。
打たれて命を取られるのか。
打たれたからって命を取られるわけないんだ。
逃げるな。
デビュー開幕戦でも4連続三振。
監督としても最初は最下位。
あとはよくなるばかりだと思うしかなかった。
ウサギとカメならカメでいい。
我慢する勇気が重要なんです。
挫折してもプライドは失わない、それは努力しているからだ。
グランドに出たなら、先輩後輩の序列はないんだ。
スランプなんて気の迷い。
ふだんやるべきことを精一杯やって、土台さえしっかりしていれば、スランプなんてありえない。
ぼくはいつも、「オレは絶対打てる」という気持ちでボックスに立っていますよ。
なにか一つのことに脇目も振らずに打ち込める時期を持てる人は幸せかもしれない。
今の若い人達はのめりこめるものを見失っている。
不幸な時代だとは思うけども、時代のせいにするのはどうかな。
雨を喜び、風を楽しみ。
口惜しかったさ、そりゃもう。
でも、あれほどいい三振もなかった。
あれほど生きた三振というのもなかった。
チームコンダクターっていうのはね、いつも顔色をよくしとかんといかんのですよ。
コンダクターが暗い顔でいたんじゃ仕様がない。
体調をよくして、いつも元気いっぱいなところを見せないと選手はついてこないし、チームも元気がなくなるもんです。
いつもずっと思っていることは、現実になっていきます。
よいことを常に思っていましょう。
小さなボールと一本のバットには運命と人生がつまっている。
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長嶋茂雄 おすすめ書籍
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長嶋茂雄の名言・言葉の一覧
| No. | 長嶋茂雄の名言一覧 |
|---|---|
| 1 | なぜ逃げるのか。打たれて命を取られるのか。打たれたからって命を取られるわけないんだ。逃げるな。 |
| 2 | デビュー開幕戦でも4連続三振。監督としても最初は最下位。あとはよくなるばかりだと思うしかなかった。 |
| 3 | ウサギとカメならカメでいい。我慢する勇気が重要なんです。 |
| 4 | 挫折してもプライドは失わない、それは努力しているからだ。 |
| 5 | グランドに出たなら、先輩後輩の序列はないんだ。 |
| 6 | スランプなんて気の迷い。ふだんやるべきことを精一杯やって、土台さえしっかりしていれば、スランプなんてありえない。ぼくはいつも、「オレは絶対打てる」という気持ちでボックスに立っていますよ。 |
| 7 | なにか一つのことに脇目も振らずに打ち込める時期を持てる人は幸せかもしれない。今の若い人達はのめりこめるものを見失っている。不幸な時代だとは思うけども、時代のせいにするのはどうかな。 |
| 8 | 雨を喜び、風を楽しみ。 |
| 9 | 口惜しかったさ、そりゃもう。でも、あれほどいい三振もなかった。あれほど生きた三振というのもなかった。 |
| 10 | チームコンダクターっていうのはね、いつも顔色をよくしとかんといかんのですよ。コンダクターが暗い顔でいたんじゃ仕様がない。体調をよくして、いつも元気いっぱいなところを見せないと選手はついてこないし、チームも元気がなくなるもんです。 |
| 11 | いつもずっと思っていることは、現実になっていきます。よいことを常に思っていましょう。 |
| 12 | 小さなボールと一本のバットには運命と人生がつまっている。 |
| 13 | プロなら陰の苦労や苦悩を人前でみせるべきでない。 |
| 14 | 努力してますと練習を売り物にする選手は、プロフェッショナルといえない。 |
| 15 | 野球選手には人間関係で悩む暇などない。すべてはバットを振り、ボールを追いかけることで解決すべきなのだ。 |
| 16 | 絶対に負けちゃいけない日、私はベンチで異常になる。 |
| 17 | 魂を込めて打てば、野手の正面をついたゴロでもイレギュラーする。 |
| 18 | 結果が悪ければ天もファンも見限る。それが監督業。負けるのは監督が悪い。 |
| 19 | 長嶋茂雄であり続けることは、結構苦労するんですよ。 |
| 20 | 努力は人が見てないところでするものだ。努力を積み重ねると人に見えるほどの結果がでる。 |
| 21 | ショービジネスとしてね、見せる一つの商売からいきましてね、同じ負けでも全くいい負け方であったというイメージを持って、ファンに家路についてほしい。 |
| 22 | スターというのはみんなの期待に応える存在。でもスーパースターの条件は、その期待を超えること。 |
| 23 | 野球というスポーツは人生そのものです。 |
| 24 | 少なくとも、セオリー通りの安全な道ばかり歩いていては、生きがいなんか生まれませんよ。ときには冒険も必要です。周囲の批判を恐れず、「俺はできるんだ」とやり抜く - それが男のロマンでしょう。 |
| 25 | 英語で「サムシング」といいますね、「何か」。そのサムシングをつかむのは、理論でもトークでもない。やっぱり心と心のぶつかり合いですよね。 |
| 26 | 僕は三塁のホットコーナーを守ってやってきた。三塁ベースは僕の恋人です。それが守れなくなったら潔く引退します。 |
| 27 | 小さな白い球との長い戦いが終わったことを知りました。 |
| 28 | 「あしたはきっと良いことがある」。その日、ベストを出しきって駄目だったとしても、僕はそう信じ、ただ夢中でバットを振ってきました。悔いはありません。 |
| 29 | 若いプレイヤーが昔のように心から感動したり、感動しきれない。それは、やはり時代でしょう。だけど感動を知らない人生というのは、何か生きている味わいみたいなものがないわけです。感動はスポーツばかりじゃありません。あらゆるジャンルにある。何かに感動しながら日々新たな気持ちで挑戦して行く。これこそ生きる上での一番の王道と言えるのではないでしょうか。 |
| 30 | 来た球を打て! |