サルトルの名言には、次のような言葉があります。
- 人間は自由であり、つねに自分自身の選択によって行動すべきものである
- 敗戦とは、自分は負けてしまったと思う戦いのことである
代表作は『存在と無』『嘔吐』など。ノーベル文学賞を辞退したサルトル(1905~1980)の名言をご紹介します。
サルトルの生涯
| 氏名 | ジャン=ポール・サルトル |
|---|---|
| 英語名 | Jean-Paul Sartre |
| 生年月日 | 1905年6月21日 |
| 没年月日 | 1980年4月15日 |
| 享年 | 74(歳) |
| 国籍 | フランス |
| 出生地 | フランス共和国パリ |
| 職業 | 哲学者、小説家、劇作家 |
| 名言 | 敗戦とは、自分は負けてしまったと思う戦いのことである |
1905年6月21日、ジャン=ポール・サルトルはパリに生まれる。
海軍将校であった父はサルトルが1歳のときに病死。サルトルは母方の祖父の家に引き取られる。ドイツ系の祖父はドイツ語の教授でもあり深い教養を備えていた。
サルトルは3歳のとき右目をほぼ失明。強度の斜視として生活を送ることになる。
ブルジョワ知識人階級の中で育ったサルトルは10歳のときにパリの名門アンリ4世校に入学。
母親の再婚にともない、12歳のときにラ・ロシェルの高等中学校に転校。サルトルは転校先でうまく溶け込むことができず、挫折の年月と述懐している。
15歳のときに再びアンリ4世校に転校し、17歳で高等師範学校準備学級に転籍。
1923年、18歳のときに同人雑誌に短編小説を発表。翌年に高等師範学校に入学。
1928年、23歳のサルトルはアグレガシオン(1級教員資格 / 哲学)試験に落第。しかし、翌年の試験では首席で合格した。
このころ、生涯の伴侶となるボーヴォワールと知り合い、24歳のときに2年間の契約結婚を結んだ。結婚関係を維持しつつお互いの自由恋愛を保障するなど前衛的なものであった。
1931年、26歳のときにル・アーヴルの高等中学校の哲学科で教師となる。1933年から1934年にかけてベルリンに留学し、現象学を学ぶ。
帰国後は教鞭を執る傍ら、執筆活動を行い、1938年に小説『嘔吐』を出版。
第二次世界大戦では兵役召集されるが、1940年に捕虜となり、翌年偽の身体障害証明書によって収容所を釈放される。
1943年、38歳のサルトルはドイツ軍占領中のフランスにおいて哲学的主著『存在と無』を出版。
政治的関心を強めていったサルトルは、1945年にボーヴォワールらと雑誌『レ・タン・モデルヌ』を発行。評論や小説、劇作を通じて、サルトルの実存主義は世界中を席巻することになる。
サルトルは徐々にマルクス主義に傾倒して、ソ連を擁護する姿勢を打ち出す。これがアルベール・カミュらとの決別の原因ともなった。
1964年、サルトルはノーベル文学賞に選出されたが、「作家は自分を生きた制度にすることを拒絶しなければならない」として受賞を辞退。
1973年に激しい発作に襲われ、さまざまな活動を制限することになる。この時期に両目とも失明。
1980年4月15日、ジャン=ポール・サルトルは肺水腫により死去。74年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
サルトルの名言・格言集
・サルトルの名言(1)
・サルトルの名言(2)
・サルトルの名言(3)
【関連ページ】
・英語の名言・格言【サルトル】
サルトルの名言(1)
約束とは言葉ではない。
行動なのだ。
一人でいるときに孤独を感じるのなら、あなたは悪い仲間と付き合っているということだ。
言葉とは、弾丸が装填されたピストルである。
敗戦とは、自分は負けてしまったと思う戦いのことである。
金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ。
ボートを漕がない人間だけが、ボートを揺らして波風を立てる時間がある。
批評家とは、他人の思想について思考する人間である。
人生は絶望の反対側で始まる。
人間は自らの行動の中で、自らを定義する。
午後3時という時刻は、何をするにしても遅すぎるか、早すぎるのだ。
もっといい時代はあるかもしれないが、これは我々の時代なのだ。
我々はこの革命のただなかに、この生を生きるよりほかはないのである。
人は自らの本質と選択に全責任を負う。
永遠であるという幻想が失われた時、人生は意味を持たなくなる。
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サルトルの本・関連書籍
港町ブーヴィル。ロカンタンを突然襲う吐き気の意味とは…。一冊の日記に綴られた孤独な男のモノローグ。60年ぶり待望の新訳。存在の真実を探る冒険譚。
人間の意識の在り方(実存)を精緻に分析し、存在と無の弁証法を問い究めた、サルトルの哲学的主著。根源的な選択を見出すための実存的精神分析、人間の絶対的自由の提唱など、世界に与えた影響は計り知れない。フッサールの現象学的方法とハイデッガーの現存在分析のアプローチに依りながら、ヘーゲルの「即自」と「対自」を、事物の存在と意識の存在と解釈し、実存を捉える。20世紀フランス哲学の古典として、また、さまざまな現代思想の源流とも位置づけられる不朽の名著。
人間は自由に運命づけられている。1945年10月、サルトルがパリで行った講演と討論の記録『実存主義とは何か』。終戦による解放感と社会を覆う不安のなかで、哲学の枠を超えて熱狂的に支持された「実存の哲学」とはどんなものだったのか?代表作『嘔吐』『存在と無』なども参照しながら、現代的な視座からサルトルの思想を読み解く。
サルトルの名言・言葉の一覧
| No. | サルトルの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | 約束とは言葉ではない。行動なのだ。 |
| 2 | 一人でいるときに孤独を感じるのなら、あなたは悪い仲間と付き合っているということだ。 |
| 3 | 言葉とは、弾丸が装填されたピストルである。 |
| 4 | 敗戦とは、自分は負けてしまったと思う戦いのことである。 |
| 5 | 金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ。 |
| 6 | ボートを漕がない人間だけが、ボートを揺らして波風を立てる時間がある。 |
| 7 | 批評家とは、他人の思想について思考する人間である。 |
| 8 | 人生は絶望の反対側で始まる。 |
| 9 | 人間は自らの行動の中で、自らを定義する。 |
| 10 | 午後3時という時刻は、何をするにしても遅すぎるか、早すぎるのだ。 |
| 11 | もっといい時代はあるかもしれないが、これは我々の時代なのだ。我々はこの革命のただなかに、この生を生きるよりほかはないのである。 |
| 12 | 人は自らの本質と選択に全責任を負う。 |
| 13 | 永遠であるという幻想が失われた時、人生は意味を持たなくなる。 |
| 14 | 青春とは実に奇妙なものだ。外を見ると赤く輝いているが、内から見ても何も感じられない。 |
| 15 | 人は自由であることを運命づけられている。なぜなら、いったんこの世に投げ込まれると、人は自分の行動のすべてに責任を負わなければならないからだ。 |
| 16 | 現代の資本主義社会には生活はない。あるものはただ宿命だけだ。 |
| 17 | すべての夢想家のように、わたしは幻覚を真実と間違えた。 |
| 18 | 人間は、時には自由であったり時には奴隷であったりすることはできないであろう。人間は常に全面的に自由であるか、あるいは常に全面的に自由でないか、そのいずれかである。 |
| 19 | わたしたちは自分の愛する人を評価しない。 |
| 20 | いかなる人間でも生きながら神格化されるには値しない。 |
| 21 | 実在は本質に先立ち、それを規定する。 |
| 22 | ひとは各々の道を創り出さなくてはいけない。 |
| 23 | 地獄とは他人のことだ。 |
| 24 | 自由とは、自由であるべく、不自由になることである。 |
| 25 | 人間は現在もっているものの総和ではなく、彼がまだもっていないもの、これからもちうるものの合計である。 |
| 26 | すべての答えは出ている。どう生きるかということを除いて。 |
| 27 | 悲しむことはない。いまの状態で何ができるかを考えて、ベストを尽くすことだ。 |
| 28 | われわれの自由とは、今日、自由になるために戦う自由な選択以外のなにものでもない。 |
| 29 | 人間は自由であり、つねに自分自身の選択によって行動すべきものである。 |
| 30 | まず第一に理解しなければならないことは、自分が理解していないということである。 |
| 31 | インテリというのは真の革命家ではない。暗殺者になるくらいが関の山だ。 |
| 32 | チェ・ゲバラは20世紀で最も完璧な人間だ。 |
| 33 | 生きることと書くことを、作家は一つにすべきだ。 |
| 34 | 一人ひとりの人間が究極の絶対的な自由を持っている。 |
| 35 | 成功とは品性と知性の証拠であり、また、神聖な保護を受けた証拠である。 |
| 36 | 嘘とは私がつくったものではなく、階級に分かれた社会に生まれたものである。だから、私は生まれながら嘘を相続している。 |
| 37 | 人間の運命は人間の手中にある。 |
| 38 | 人間は状況によってつくられる。 |
| 39 | 過ぎ去る時間とは失われた時間であり、怠惰と無気力の時間であり、いくたびも誓いを立てても守らない時間であり、しばしば引越しをし、絶えず金の工面に奔走する時間である。 |