シャルル・ド・ゴールの名言・格言




シャルル・ド・ゴールの名言・格言


シャルル・ド・ゴール(1890年~1970年)

フランスの軍人、政治家。フランス第18代大統領。第二次世界大戦で本国失陥後、ロンドンに「自由フランス」を結成し対独抗戦を指導した。

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1890年11月22日、フランス北部のリールに生まれる。

父はイエズス会学院の校長として歴史を教えていた。

少年時代のド・ゴールはフットボールと詩が好きであった。16歳のときには自作の詩がコンクールで一等に入賞した。

18歳のときにド・ゴールは陸軍士官学校に入学。卒業後は歩兵部隊に陸軍少尉として配属される。

23歳のときに第一次世界大戦(1914~1918)が勃発。ド・ゴールは大尉としてドイツ軍と戦うも捕虜となる。脱走を5回試みるが失敗し、休戦を迎えた。

ド・ゴールは30歳のときに陸軍士官学校の軍事史担当教官として働き始め、同年に結婚。

41歳で中佐となり、軍事最高会議事務長に就任。

1939年9月、ド・ゴールが48歳のときに第二次世界大戦が勃発。1940年5月にドイツ軍のフランス侵攻が始まり、フランス軍はわずか1か月で敗北。

首都パリが陥落すると少将となっていたド・ゴールはイギリスへの亡命を決断。

ド・ゴールはロンドンに「自由フランス」を結成し、ラジオを通じて対独抗戦の継続とヴィシー政権(戦時中の和平派によるフランス政権)への抵抗をフランス国民に呼びかけた。

ド・ゴールは自ら自由フランス軍を指揮してアルジェリア、チュニジアなどのフランスの植民地を中心とした北アフリカ戦線で戦い、対独抗戦を指導した。

1944年6月、連合軍によるノルマンディー上陸作戦が成功。ド・ゴールは祖国に戻って自由フランス軍を率い連合軍とともに戦い、同年8月25日にパリを解放した。

臨時政府がフランスの統治を行うこととなり、1944年8月にド・ゴールは臨時政府の主席に選出される。1946年1月に辞任。

1958年10月、フランス第五共和政憲法が公布され、67歳のド・ゴールは第18代大統領に就任。

1969年に大統領を辞任。その後は執筆活動に専念した。

1970年11月9日、シャルル・ド・ゴールは解離性大動脈瘤破裂により死去。79年の生涯を閉じた。

Wikipedia(日本語版) / Wikipedia(英語版)


 

シャルル・ド・ゴールの名言・格言集




シャルル・ド・ゴールの名言(1)


名言・格言

 

外交官は晴天のときにだけ役に立つ。

雨が降り出すと、

彼らは一滴ごとに溺れてしまう。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

気骨のある人は

困難に対して特別な魅力を感じるものだ。

なぜなら困難に立ち向かってこそ、

自分の潜在能力に気づくのだから。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

わたしが尊敬するのは

わたしに抵抗する人間だけだ。

しかし彼らを黙って許すことはない。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

国家に友人はいない。

あるのは国益だけだ。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

真の政治家は

リスクを背負うことを恐れない。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

偉人なくして偉業はない。

そして偉大になろうと決意した人物だけが

偉人となるのだ。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

老年というのは

難破船のようなものだ。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

わたしはフランスだったのだ。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

パトリオティズム(愛国心)とは

初めに自国民を愛する心にあり、

ナショナリズム(国粋主義)とは

初めに他国民を憎む心にある。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

沈黙は、強力な最終兵器だ。

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

246種類ものチーズがある国を

どうやって治めるというのかね?

 

- シャルル・ド・ゴール -


名言・格言

 

「理屈」で国を治めることはできない。

 

- シャルル・ド・ゴール -



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