デカルトの名言には、次のような言葉があります。
- 我思う、ゆえに我あり
- だれかが僕の感情を害するとき、悪意が届かないように自分の魂を高く上げるんだ
合理主義哲学の祖であり、「近世哲学の父」として知られるルネ・デカルト(1596~1650)の名言をご紹介します。
デカルトの生涯
| 氏名 | エーリヒ・フロム |
|---|---|
| 英語名 | Erich Fromm |
| 生年月日 | 1900年3月23日 |
| 没年月日 | 1980年3月18日 |
| 享年 | 79(歳) |
| 国籍 | ドイツ |
| 出生地 | ドイツ帝国フランクフルト・アム・マイン |
| 職業 | 社会心理学者 |
| 名言 | 人間が自分で意味を与えないかぎり、人生には意味がない |
1596年3月31日、フランスのアンドル=エ=ロワール県、ラ・エーに生まれる。
父はブルターニュの高等法院評定官。病弱だった母はデカルトが1歳のときに亡くなり、デカルトは祖母と乳母に育てられる。
デカルトは10歳のときにイエズス会のラ・フレーシュ学院に入学。従順で優秀な生徒であったデカルトはとりわけ数学を好んだという。
18歳のときに学院を卒業。その後、デカルトはポワティエ大学に進学。法学・医学を修め、20歳のときに法学士の学位を受けて卒業。
1618年、22歳のデカルトはオランダに赴き軍隊に加わる。しかし八十年戦争(オランダ独立戦争)は休戦協定が結ばれており、戦闘はなかった。翌年、三十年戦争(カトリックとプロテスタントの戦争)が始まったことを知るとドイツへ向かい、カトリック派の軍隊に入る。
1623年から1625年にかけて、デカルトはヴェネツィア、ローマを旅行。その後、パリにしばらく滞在し、哲学者やさまざまな学者と交友を深める。
1628年、32歳のデカルトはオランダに移住。本格的に哲学にとりかかる。
1637年、41歳のデカルトは『方法序説』を公刊する。1641年には『省察』を公刊。この頃、デカルトの評判は高まるが、神学教授によって「無神論を広める思想家」として非難も受け始める。
1649年、デカルトはスウェーデン女王クリスティーナから招きを受け、同年10月にストックホルムを訪れる。
1650年1月からデカルトは女王のために講義を行う。しかし、デカルトは2月に風邪をこじらせて肺炎を併発。1650年2月11日、ルネ・デカルトは死去。53年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
デカルトの名言・格言集
・デカルトの名言(1)
・デカルトの名言(2)
・デカルトの名言(3)
【関連ページ】
・英語の名言・格言【デカルト】
デカルトの名言(1)
実際に人々が何を考えているのかを理解するには、彼らの言葉ではなく、行動に注意を払えばよい。
楽観主義者は何もないところに明かりを見るが、なぜ悲観主義者はいつだってその明かりを吹き消そうとするのだろうか?
不決断以外に深く後悔させるものはない。
ひとたびでもわれわれを欺いたものを完全には信じないことは思慮深さのしるしである。
疑いは知のはじまりである。
だれかが僕の感情を害するとき、悪意が届かないように自分の魂を高く上げるんだ。
良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである。
精神を向上させるためには、学ぶことよりもより多く熟考していくべきである。
自然は人間を嫌う。
世界ではなく、自分自身を征服せよ。
人間の誤りの主な原因は、幼少期に身に付いた偏見である。
我思う、ゆえに我あり。
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デカルトの本・関連書籍
すべての人が真理を見いだすための方法を求めて、思索を重ねたデカルト。「われ思う、ゆえにわれあり」は、その彼がいっさいの外的権威を否定して到達した、思想の独立宣言である。近代精神の確立を告げ、今日の学問の基本的な準拠枠をなす新しい哲学の根本原理と方法が、ここに示される。
近代感情論の源泉とされる『情念論』は伝統のスコラ的見方や情念=悪という見方を否定し、理性の善悪の判断に従う限り、情念に最も動かされる人間が最も多くの喜びを享受すると主張した。心身関係の具体的な説明にみるオートマティズムや脳の知見は、優れて現代的な課題を含む。デカルト解釈の可能性を広げる一書。
ヨーロッパ近代に思想的な新たな地平を切り開いたデカルト。『方法序説』のテキストに即しながら、このあまりにも有名な著作が今日までどのように読まれてきたのか、また現代思想とどのようにかかわるのかを講じる。『方法序説』の思索のプロセスとその背景を追究し、デカルト思想の全体像を平明に読み解いてゆく入門書の決定版。
デカルトの名言・言葉の一覧
| No. | デカルトの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | 実際に人々が何を考えているのかを理解するには、彼らの言葉ではなく、行動に注意を払えばよい。 |
| 2 | 楽観主義者は何もないところに明かりを見るが、なぜ悲観主義者はいつだってその明かりを吹き消そうとするのだろうか? |
| 3 | 不決断以外に深く後悔させるものはない。 |
| 4 | ひとたびでもわれわれを欺いたものを完全には信じないことは思慮深さのしるしである。 |
| 5 | 疑いは知のはじまりである。 |
| 6 | だれかが僕の感情を害するとき、悪意が届かないように自分の魂を高く上げるんだ。 |
| 7 | 良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである。 |
| 8 | 精神を向上させるためには、学ぶことよりもより多く熟考していくべきである。 |
| 9 | 自然は人間を嫌う。 |
| 10 | 世界ではなく、自分自身を征服せよ。 |
| 11 | 人間の誤りの主な原因は、幼少期に身に付いた偏見である。 |
| 12 | 我思う、ゆえに我あり。 |
| 13 | 架空の喜びはしばしば本物の悲しみよりも価値がある。 |
| 14 | 欠陥はいつも、それを取り除くために必要な変化よりはずっと耐えやすいものとなっている。 |
| 15 | 難問はそれを解くのに適切かつ必要なところまで分割せよ。 |
| 16 | 秀でたる知性を有するだけでは十分ではない。大切なのは、それをうまく活用することである。 |
| 17 | あらゆるものは自明である。 |
| 18 | 真理を探究するのであれば、人生において一度は、あらゆる物事をできる限り深く疑ってみる必要がある。 |
| 19 | 決断ができない人間は、欲望が大きすぎるか、悟性が足りないのだ。 |
| 20 | 怒りによって赤くなる人々は、怒りによって青くなる人々よりも怖ろしくない。 |
| 21 | 最も優れた人間は、最高の美徳だけではなく最大の悪徳も持つ。 |
| 22 | 我々は、すべてのものが我々のためにつくられたのだと思ってはならない。 |
| 23 | 経験というものは、人が知識において進めば進むほど、その必要性を感じさせるものである。 |
| 24 | 理性によってのみわれわれは人間となる。 |
| 25 | 精神を思う存分働かせたいと願うなら、体の健康に留意することだ。 |
| 26 | 自分自身の思考を除いて、我々の中で絶対的な力など存在しない。 |
| 27 | 哲学はあらゆることについて、まことしやかな話をし、学の浅い人々の称賛を博する手段を与える。 |
| 28 | 良識はこの世でもっとも公平に配分されているものである。 |
| 29 | 完全数は完全な人間と同様、極めてまれだ。 |
| 30 | どこかの森に迷い込んだ旅人たちは、あちらへ向かったり、こちらへ向かったりして迷い歩くべきではなく、いわんやまた一つの場所にとどまっているべきでもなく、つねに同じ方向に、できる限りまっすぐに歩むべきである。その方向を彼らに選ばせたものが初めは単なる偶然にすぎなかったかもしれぬにしても、少々の理由ではその方向を変えるべきではない。というのは、旅人たちは彼らの望むちょうどその場所に行けなくても、少なくとも最後にはどこかにたどりつき、それはおそらく森の真ん中よりはよい場所であろうからである。 |