キルケゴールの名言には、次のような言葉があります。
- 人生は後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない
- 人生の初期において最大の危険は、リスクを犯さないことにある
実存主義の創始者、またはその先駆けとされるキルケゴール(1813~1855)の名言をご紹介します。
キルケゴールの生涯
| 氏名 | セーレン・キルケゴール(キェルケゴール) |
|---|---|
| 英語名 | Søren Kierkegaard |
| 生年月日 | 1813年5月5日 |
| 没年月日 | 1855年11月11日 |
| 享年 | 42(歳) |
| 国籍 | デンマーク |
| 出生地 | デンマーク=ノルウェーのコペンハーゲン |
| 職業 | 哲学者、思想家 |
| 名言 | 人生は後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない |
1813年5月5日、セーレン・キルケゴールはデンマークのコペンハーゲンの富裕な商人の家庭に生まれる。
キルケゴールは17歳のときにコペンハーゲン大学に入学し、神学と哲学を学ぶ。
1837年、24歳のキルケゴールは当時14歳だったレギーネ・オルセンを知り、恋に落ちる。1840年、キルケゴールは17歳になったレギーネに求婚。二人は婚約するも翌年キルケゴールが一方的に婚約を破棄。婚約破棄の原因について真相は定かでない。
キルケゴールはコペンハーゲン大学を卒業後、1841年からベルリン大学で哲学者フリードリヒ・シェリングに学んだ。翌年帰国したキルケゴールは著作活動を始める。
1843年には哲学書『あれか、これか』を発表。翌年には『不安の概念』を出版。1849年には『死に至る病』を発表している。
1855年11月11日、セーレン・キルケゴールは死去、42年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
キルケゴールの名言・格言集
・キルケゴールの名言(1)
・キルケゴールの名言(2)
・キルケゴールの名言(3)
・キルケゴールの名言(4)
【関連ページ】
・英語の名言・格言【キルケゴール】
キルケゴールの名言(1)
もしもあなたが私にレッテルをはるなら、それは私の存在を否定することになる。
しばらく二人で黙っているといい。
その沈黙に耐えられる関係かどうか。
人生は、解かれるべき問題ではなく、経験されるべき現実である。
結婚したまえ、君は後悔するだろう。
結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう。
臆病の虫に取り付かれると、その人はよきことを行わなくなる。
女は、自分の前を通った婦人の眼が自分を注目したか、否かを直感的に悟る術を心得ている。
女が身を飾るのは、ほかの女たちを意識しているからである。
本来お世辞というものは、女の身にぴったりと当てはまる衣装である。
裏切り者の中で最も危険な裏切り者は何かといえば、すべての人間が己自身の内部に隠しているところのものである。
たまたま私の身に起こることが私を偉大にするのではなく、私の行うことが、私を偉大にする。
女性は実体で、男性は反省である。
ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに語ることができ、ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに行動することができる。
人生は後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない。
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キルケゴールの本・関連書籍
「死に至る病」とは絶望のことである。憂愁孤独の哲学者キェルケゴール(1813~1855)は、絶望におちいった人間の心理を奥ふかいひだにまで分けいって考察する。読者はここに人間精神の柔軟な探索者、無類の人間通の手を感じるであろう。後にくる実存哲学への道をひらいた歴史的著作でもある。
激しい憂愁と懐疑に堪えたキェルケゴールは、主体的な存在を問題とした最初の思想家であった。ここに今日に至る実存哲学の祖としての思想史的意義がある。本書はこのような彼の自己自身との厳しい総決算であり、質的飛躍による真実絶対への生を創造する過程を、深い体験の表現において展開した内容豊かなもの。
実存主義の開祖と仰がれるキルケゴールは、その青年時代に愛する父との魂の葛藤、美女レギーネとの熱烈な恋愛と婚約破棄、こうした悲痛な体験から実存的な思索へと入っていく。そして≪死に至る病≫≪あれかこれか≫を書き、「例外者」の名でヘーゲルに挑戦、個別者の主体的真理を神とのかかわりにおいて追求していく。
キルケゴールの名言・言葉の一覧
| No. | キルケゴールの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | もしもあなたが私にレッテルをはるなら、それは私の存在を否定することになる。 |
| 2 | しばらく二人で黙っているといい。その沈黙に耐えられる関係かどうか。 |
| 3 | 人生は、解かれるべき問題ではなく、経験されるべき現実である。 |
| 4 | 結婚したまえ、君は後悔するだろう。結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう。 |
| 5 | 臆病の虫に取り付かれると、その人はよきことを行わなくなる。 |
| 6 | 女は、自分の前を通った婦人の眼が自分を注目したか、否かを直感的に悟る術を心得ている。女が身を飾るのは、ほかの女たちを意識しているからである。 |
| 7 | 本来お世辞というものは、女の身にぴったりと当てはまる衣装である。 |
| 8 | 裏切り者の中で最も危険な裏切り者は何かといえば、すべての人間が己自身の内部に隠しているところのものである。 |
| 9 | たまたま私の身に起こることが私を偉大にするのではなく、私の行うことが、私を偉大にする。 |
| 10 | 女性は実体で、男性は反省である。 |
| 11 | ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに語ることができ、ほんとうに黙することのできる者だけが、ほんとうに行動することができる。 |
| 12 | 人生は後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない。 |
| 13 | 心の純粋さとは、ひとつのものを望むことである。 |
| 14 | 孤独とは生命の要求である。 |
| 15 | 哲学は踏み出す一歩一歩ごとに皮を一枚ずつ脱ぎ捨てるのだが、愚かな弟子どもは、その皮の中へもぐり込んでゆく。 |
| 16 | あらゆる人生は反復である。追憶は後方へ向かって反復されるが、本当の反復は前方に向かって反復される。 |
| 17 | 皮肉には主観性の資質がある。 |
| 18 | 精神の闘いでは、独身者のほうが世帯者よりもずっと危険をおかし得る。 |
| 19 | すべてか、しからずば無。 |
| 20 | 絶望とは死にいたる病である。自己の内なるこの病は、永遠に死ぬことであり、死ぬべくして死ねないことである。それは死を死ぬことである。 |
| 21 | 汝が汝自身のごとく隣人を愛するとき、汝はまたその隣人を愛するごとく、汝自身をも愛さねばならない。 |
| 22 | 人間とは精神である。精神とは何であるか。精神とは自己である。自己とは自分自身に関わる一つの関係である。 |
| 23 | 行動と情熱がなくなると、その世界は妬みに支配される。 |
| 24 | 祈りは神を変えず、祈る者を変える。 |
| 25 | 人間は思想を隠すためでなく、思想を持ってないことを隠すために語ることを覚えた。 |
| 26 | 私にとって真理であるような真理を発見することが必要なのだ。しかもその真理は、私がそのために生き、そのために死ねるような真理である。 |
| 27 | 女というのは泣かせてやらなければならない。泣きぬくと、泣くべきものがなくなって、あとはすぐに忘れてしまうものなのだ。 |
| 28 | 忘れるということができない者は、分別のある者にならない。 |
| 29 | 信念は理屈をも超越する。 |
| 30 | 愛はすべてを信じ、しかも欺かれない。愛はすべてを望み、しかも決して滅びない。愛は自己の利益を求めない。 |
| 31 | 自分自身を愛することを忘れるな。 |
| 32 | 私は二つの顔を持つ双面神だ。一面の顔で笑い、他面の顔で泣く。 |
| 33 | 人間はなんといっても不合理だ。人間は自分のもっている自由は決して行使しないで、自分のもっていない自由を要求する。彼らは思索の自由を持っているが、表現の自由を要求する。 |
| 34 | 人生の初期において最大の危険は、リスクを犯さないことにある。 |
| 35 | 自らの挫折の中に信仰を持つ者は、自らの勝利を見出す。 |
| 36 | めったに使われない思考の自由の代償として、人々は言論の自由を要求する。 |
| 37 | 人を誘惑することのできないような者は、人を救うこともできない。 |
| 38 | 苦難の道は永くもあれば、また暗くもある。次第に明るくなるような道は別の道である。 |
| 39 | その女を手に入れることができない期間だけ、男はその女に熱狂させられる。 |
| 40 | 女性の本質は献身であるが、その外形は抵抗である。 |
| 41 | 人は何を愛すかという問題に対して人がなし得る唯一の答えは、人は愛されるにふさわしいものを愛す、ということである。 |
| 42 | だまされる者はだまされない者よりも賢く、だます者はだまさない者よりもよい。 |
| 43 | 罪とは、存在する代わりに創作し、ただ空虚の中でのみ善と真とを問題にし、実在的にはそれであろうと努力しないことである。 |