連載コラム「猫の名言」
日本初のプロ民族音楽演奏家でもあり、福岡猫の会で病気の保護猫たちの看病を続けられてきた若林忠宏氏による連載コラム。
猫や人間に関する世界の名言を紹介しながら、猫たちとの生活のなかで筆者が体験したことや気づかされたことをつづります。
Vol. 12 猫は猫には騙されない
愛猫家のすべてが猫的な人間ではないが、猫的な人間で愛猫家はすべて偏屈だ。
(元野良マイケル)
猫が「猫的な人間」と認めてくれるには、様々な要素があって一言では言えませんが、良く言って「純粋、素直」、悪く言って「単純、分かりやすい」ということは基本的な条件のようです。
ところが、「偏屈」は人間ならではのもので、猫には「ぶっきらぼう」はあっても「偏屈」は見られず、猫にとって「実に難解で厄介だ」と思っているようです。では、猫にとっての「偏屈な人間」とはどういったものなのでしょう?
このテーマを探るヒントが、かの有名な夏目漱石の飼い猫「吾輩」の言葉にいくつか見られます。
ご存知のように「吾輩」は、とにかく人間や人間の世の中を、かなり斜めに批判的に見ているひねくれた猫で、とりわけ飼い主の英語教師(夏目漱石)に対するする評価たるや酷いものです。それでも「吾輩」が何処かで漱石を憎からず思っているフシは、随所に感じられます。
数ページに渡って、漱石の「あばた面」について語るところもあれば、圧巻は、「枯木寒巌の顔つきのしなびかけた」というぼろくそな表現でしょう。さらに、酷評は見てくれだけに留まらず、漱石の性格にも及びます。
正月になると年始の挨拶客が面倒で引っ込んでしまったり、苦手な友人が来るとアカラさまに嫌な顔をする。などなど、漱石の偏屈ぶりを語るところはあの本の三分の一を占めているのではないか? とさえ思える程です。
かと思うと、「吾輩」は、ホラ吹きの友人に何度も騙されながらも、何故かその友人の話しを真に受けてしまう辺りの純粋さ(単純さ?)も少なからず語っています。その辺りには、「吾輩」が漱石を不憫に思うと同時に、憎からず思っている雰囲気が伝わります。
マイケルに言わせると、そんな様子こそは「人間と人間社会の最も難解で厄介なところ」だそうです。
「猫的な人間」の多くは、まさに猫のように純粋なのですが、「純粋だから騙される」「騙されるから人間嫌いになり、いっそう偏屈になる」他者から見れば「多分に身勝手」。なので、「騙そう」という人間にとって「偏屈で身勝手な人間」は格好の獲物ということです。 これは猫にとっては考えられないほどおかしなことのようなのです。
まず、総ての猫には「裏表」がありません。「群れて生きる」という感覚がありませんから「本音と建前」という感覚も「自意識」も持ち合わせません。もちろん中にはワガママで我が強く、利己的な子もいます。たいがいが体の奥底に何らかの問題があったり、幼児体験の心の傷があったりなのですが。大事なポイントは、そんな猫も「そのまま」であるということです。
もちろん、頭が上がらないとか、腕っ節で負ける猫がいると大人しくしていて、その猫がいなくなった途端に態度がでかくなるという姑息な子もいますが、それとても「分かりやすい」ですし、周りの猫は誰もそれに騙されることはありません。なので、猫の世界には「詐欺師」というものはあり得ないのです。
そんな猫からすれば、他人にどう思われるか?を気にしてあれこれ努力をしているけれど、根が正直と言いますか単純なため、しばしば騙されたりする人間は、「まったく訳が分からない!」ということなのでしょう。
若林忠宏
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