牧野富太郎の名言(2)
私は飯よりも女よりも好きなものは植物ですが、しかしその好きになった動機というものは実のところそこに何にもありません。
つまり生まれながらに好きであったのです。
今では私と花との恋は、五十年以上になったが、それでもまだ醒めそうにない。
私は草木の栄枯盛衰を観て人生なるものを解し得たと自信している。
植物を愛することは、私にとって一つの宗教である。
花に対すれば常に心が愉快でかつ美なる心情を感ずる。
故に独りを楽しむ事が出来、あえて他によりすがる必要を感じない。
故に仮りに世人から憎まれて一人ボッチになっても、決して寂寞(せきばく)を覚えない。
実に植物の世界は私にとっての天国でありまた極楽でもある。
われら人間はまずわが生命を全うするのが社会に生存する第一義で、すなわち生命あってこそ人間に生まれ来し意義を全うし得るのである。
私は従来学者に称号などは全く必要がない、学者には学問だけが必要なのであって、裸一貫で、名も一般に通じ、仕事も認められれば立派な学者である、学位の有無などでは問題ではない、と思っている。
人間は足腰の立つ間は社会に役立つ有益な仕事をせねばならん天職を稟(う)けている。それ故早く老い込んではオ仕舞だ。
わが姿たとえ翁と見ゆるとも
心はいつも花の真盛り
私は植物の愛人としてこの世に生まれ来たように感じます。
あるいは草木の精かも知れんと自分で自分を疑います。
朝な夕なに草木を友に
すればさびしいひまもない
家守りし妻の恵みやわが学び
世の中のあらん限りやスエコ笹
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