チャーチルの名言には、次のような言葉があります。
- 凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない
- 決して屈するな。決して、決して、決して!
第二次世界大戦中に首相となり、英国の戦争を主導したウィンストン・チャーチル(1874~1965)の名言をご紹介します。
ウィンストン・チャーチルの生涯
| 氏名 | ウィンストン・チャーチル |
|---|---|
| 英語名 | Winston Churchill |
| 生年月日 | 1874年11月30日 |
| 没年月日 | 1965年1月24日 |
| 享年 | 90(歳) |
| 国籍 | イギリス |
| 出生地 | オックスフォード近郊のブレナム宮殿 |
| 職業 | 軍人、政治家、作家 |
| 名言 | 凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない |
1874年11月30日、オックスフォード近郊のブレナム宮殿で政治家の長男として生まれる。母は米国人。
祖父がアイルランド総督だったため幼少期はアイルランドで過ごす。成績が悪く、大学には進学せず、陸軍士官学校に入学する。
1895年にスペイン軍に従軍して初めて実戦を経験。1899年に除隊し、庶民院議員選挙に保守党候補として出馬するも落選。
1900年の第二次ボーア戦争には従軍記者として従軍したが捕虜となる。しかし捕虜収容所から脱走したことによりチャーチルは知名度を上げる。
1900年の総選挙で保守党候補として初当選を果たす。その後、自由貿易護持の立場を明確にしない保守党を見限り、自由党へ移籍。
1908年、33歳の若さで通商大臣に就任。1911年に海軍大臣に就任。1914年に第一次世界大戦が始まると失敗もあり海軍大臣を外される。しかし1917年に再入閣を果たし、戦車の増産に努め、英国の勝利に貢献した。
1923年、自由党が労働党に接近するとチャーチルは反社会主義の立場からこれに反発し、自由党を離党。1924年の総選挙には保守党候補として当選。
1939年9月に第二次世界大戦が勃発。これを機にチャーチルは海軍大臣として閣僚に復帰。
1940年に首相に就任。同時期に西方電撃戦を開始したドイツ軍に惨敗し、フランスは陥落。しかし英国本土の制空権を狙うドイツ空軍の攻撃は撃退する。
1940年11月にルーズベルトが米国大統領に三選したことで米国の英国支援が本格化。
1941年6月にヒトラーが独ソ戦を開始したことでスターリンのソビエト連邦と同盟関係になる。さらに1941年12月に日本が真珠湾を攻撃したことで米国とも同盟関係になる。
1943年11月、チャーチル、ルーズベルト、スターリンの三巨頭によるテヘラン会談に基づきノルマンディー上陸作戦が決行され、膠着状態が崩れる。
1945年5月、ドイツが無条件降伏。その後、解散総選挙を行うも保守党は惨敗し、チャーチルは政権を失う。
チャーチルはその後も反共外交を行い、ヨーロッパ合衆国構想などを推し進めた。チャーチルの回顧録『第二次世界大戦』は1953年にノーベル文学賞を受賞する。
1965年1月24日、ウィンストン・チャーチルは90年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
ウィンストン・チャーチルの名言・格言集
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ウィンストン・チャーチルの名言(1)
変転する状況のただ中で、ひとりの人間が終始一貫性を保つただひとつの可能性は、すべてを支配する不変の目標に忠実でありながら、状況に応じて変化することにある。
現在我々は悪い時期を通過している。
事態は良くなるまでに、おそらく現在より悪くなるだろう。
しかし我々が忍耐し、我慢しさえすれば、やがて良くなることを私は全く疑わない。
決して屈するな。
決して、決して、決して!
凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。
風に流されている時ではない。
夢を捨てるとき、この世は存在しなくなる。
金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。
しかし、勇気を失うことはすべてを失う。
築き上げることは、多年の長く骨の折れる仕事である。
破壊することは、たった一日の思慮なき行為で足る。
何が本当に自分の利益であるか、ということを知ることは容易ではない。
好転する前には、悪化するという段階もあり得る。
悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見いだす。
楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見いだす。
私は楽観主義者だ。
それ以外のものであることは、あまり役に立たないようだ。
愉快なことを理解できない人間に、世の中の深刻な事柄がわかるはずがない。
人生最大の教訓は、愚かな者たちでさえ時には正しいと知ることだ。
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ウィンストン・チャーチルの本・関連書籍
植民地での従軍・観戦に、福祉政策の着手に、第一次大戦の作戦指揮に、時には反革命に情熱を傾け、歴史を書くことで政治家としての背骨を作ってきたチャーチル。彼は1940年、ただ一国でナチ・ドイツに対峙する祖国を率いて立つ。イギリスの過去と現在を一身に体現した彼は、帝国没落の暗黒の時を、輝ける一ページに書き変えた。資料を博捜し、貴重な見聞を混えて描く巨人の伝記に、あらたに「チャーチルと日本」の一章を増補した。
強力な統率力と強靭な抵抗精神でイギリス国民を指導し、第二次世界大戦を勝利に導いた歴史的な政治家チャーチル。本書は、歴史の舞台に直接参加した彼の手による、最も信頼すべき最高の第二次世界大戦の記録だ。深い歴史観に基づく著作活動によってノーベル文学賞を受賞した彼の歴史物語を堪能できる。第1巻は、一九一九年から第二次世界大戦勃発の翌年までを描く。
ヒットラーの攻勢の前に、絶体絶命の危機に陥った斜陽の老大国イギリス。その時、彼らが指導者に選んだのは、孤高の老政治家チャーチルだった。なぜ国民はチャーチルを支持したのか。なぜチャーチルは危機に打ち克つことができたのか。波乱万丈の生涯を鮮やかな筆致で追いながら、リーダーシップの本質に鋭く迫る。今こそ日本人が学ぶべき“危機の指導者論”。
ウィンストン・チャーチルの名言・言葉の一覧
| No. | ウィンストン・チャーチルの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | 変転する状況のただ中で、ひとりの人間が終始一貫性を保つただひとつの可能性は、すべてを支配する不変の目標に忠実でありながら、状況に応じて変化することにある。 |
| 2 | 現在我々は悪い時期を通過している。事態は良くなるまでに、おそらく現在より悪くなるだろう。しかし我々が忍耐し、我慢しさえすれば、やがて良くなることを私は全く疑わない。 |
| 3 | 決して屈するな。決して、決して、決して! |
| 4 | 凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない。 |
| 5 | 夢を捨てるとき、この世は存在しなくなる。 |
| 6 | 金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。しかし、勇気を失うことはすべてを失う。 |
| 7 | 築き上げることは、多年の長く骨の折れる仕事である。破壊することは、たった一日の思慮なき行為で足る。 |
| 8 | 何が本当に自分の利益であるか、ということを知ることは容易ではない。 |
| 9 | 好転する前には、悪化するという段階もあり得る。 |
| 10 | 悲観主義者はあらゆる機会の中に問題を見いだす。楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見いだす。 |
| 11 | 私は楽観主義者だ。それ以外のものであることは、あまり役に立たないようだ。 |
| 12 | 愉快なことを理解できない人間に、世の中の深刻な事柄がわかるはずがない。 |
| 13 | 人生最大の教訓は、愚かな者たちでさえ時には正しいと知ることだ。 |
| 14 | 重要なポイントを突くときは、如才なくやろうとか巧妙にやろうとか思ってはいけない。ポイントを一突きせよ。 |
| 15 | 事前にあわてふためいて、あとは悠然と構えているほうが、事前に悠然と構えていて、事が起こった時にあわてふためくよりも、利口な場合がある。 |
| 16 | 大切なことは、力のない人の言葉が認められることである。 |
| 17 | 完全主義では、何もできない。 |
| 18 | 先を見すぎてはいけない。運命の糸は一度に一本しかつかめないのだ。 |
| 19 | 不利は一方の側にだけあるものではない。 |
| 20 | 私が義務感と信念に基づいて行動している限り、いくら悪口を言われようと何ともない。害になるよりはむしろ益になるくらいだ。 |
| 21 | 復讐ほど高価で不毛なものはない。 |
| 22 | もしあなたが、過失を擁護する態度をとるだけであれば、進歩の望みはないだろう。 |
| 23 | 目前にせまった困難や大問題にまともにぶつかること。そうすればその困難や問題は、思っていたよりずっと小さいことがわかる。しかし、そこで逃げると、困難は2倍の大きさになってあとで襲ってくる。 |
| 24 | 勇気がなければ、他のすべての資質は意味をなさない。 |
| 25 | 世の中で、最もよい組み合わせは力と慈悲、最も悪い組み合わせは弱さと争いである。 |
| 26 | 偉大さの代償は、責任である。 |
| 27 | どんなことでも、大きいことでも、小さいことでも、名誉と良識とが命ずるとき以外は、断じてゆずるな。力に対し、ことに敵の圧倒的優勢な力に対しては、断固として絶対にゆずってはいけない。 |
| 28 | 我々の目的は、勝利、この二字であります。あらゆる犠牲を払い、あらゆる辛苦に耐え、いかに長く苦しい道程であろうとも、戦い抜き勝ち抜くこと、これであります。 |
| 29 | 過去をより遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう。 |
| 30 | 成功とは、失敗を重ねても、やる気を失わないでいられる才能である。 |
| 31 | 勇気とは、起立して声に出すことである。勇気とはまた、着席して耳を傾けることでもある。 |
| 32 | たとえ生死の境にあって、気持ちが極度に張りつめている時でさえも、他人の人生を思いやり、人類を支配する法則とは何であるかを考えてみるとすれば、必ず何らかの報酬が返ってくる。 |
| 33 | いらぬ取り越し苦労をするよりも、前もって考えたり計画するほうが大事だ。 |
| 34 | 回想していると、ある老人の話が思い出される。その老人は死の床でこう言ったのだ。生きている間には数々の心配ごとがあったが、その心配が当たったことはほとんどなかった。 |
| 35 | 行動する事は少しも恐れはしない。恐れるのは、ただ無為に時を過ごす事だけだ。 |
| 36 | 世界とは、若者にくどかれ勝ち取られるためにある。 |
| 37 | 私の業績の中で最も輝かしいことは、妻を説得して私との結婚に同意させたことである。 |
| 38 | 日々正直に行動することが、成功に達する最も確実な道だ。 |
| 39 | 誠実でなければ、人を動かすことはできない。人を感動させるには、自分が心の底から感動しなければならない。自分が涙を流さなければ、人の涙を誘うことはできない。自分が信じなければ、人を信じさせることはできない。 |
| 40 | 孤独な木は、仮に育つとすれば丈夫に育つ。 |
| 41 | 一度剣を抜いた以上は、息が絶えるまで、勝利を完全に手中に収めるまで剣を捨ててはならぬ。 |
| 42 | 正直であることは立派なこと。しかし正しくあることも大事だ。 |
| 43 | 今は終わりではない。これは終わりの始まりですらない。しかしあるいは、始まりの終わりかもしれない。 |
| 44 | もしも地獄の真っ只中にいるのなら、そのまま突き進むがいい。 |
| 45 | 嘘が世界を半周したころ、真実はまだズボンを履こうとしている。 |
| 46 | 我々は得ることで生計を立て、与えることで生きがいを作る。 |
| 47 | 幾度となく過ちを犯すだろう。だが、寛大で誠実で情熱を持っていれば、世界を傷つけることも深刻に悩ませることもない。 |
| 48 | 向上とは変化である。完全になるとは、しばしば変化することである。 |
| 49 | 私が書くつもりになるくらいだから、歴史は私にとって親切なのだろう。 |
| 50 | 私たちが勝ったとしても、たいしたことじゃない。でも、私たちが負けたら、かまってくれる人など誰もいなくなるだろう。 |
| 51 | 私はいつでも学ぶことをいとわないが、教えられるのをいつも好むわけではない。 |
| 52 | 私は血と苦労、涙と汗以外に捧げるべきものを持たない。 |
| 53 | 私は豚が好きだ。犬は我々を尊敬し、猫は我々を見下す。しかし、豚は我々を対等に扱ってくれる。 |
| 54 | 資本主義の欠点は、幸運を不平等に分配してしまうことだ。社会主義の長所は、不幸を平等に分配することだ。 |
| 55 | 成功があがりでもなければ、失敗が終わりでもない。肝心なのは、続ける勇気である。 |
| 56 | 全力を尽くすだけでは十分ではない。時には必要なことをやらなければ。 |
| 57 | 態度と言うのはちょっとしたものだが、大きな違いを生み出す。 |
| 58 | 短い言葉が最高だ。なおかつ古い言葉なら、まったく申し分ない。 |
| 59 | 敵がいる?良いことだ。それは、人生の中で何かのために立ち上がったことがあるという証だ。 |
| 60 | 統計とは、街灯の柱と酒を飲むようなもの。照明というより、支え棒としてのほうが活用されている。 |
| 61 | 民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。 |
| 62 | 力や知性ではなく、地道な努力こそが能力を解き放つ鍵である。 |