福沢諭吉の名言には、次のような言葉があります。
- 独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり
- ペンは剣よりも強し
慶應義塾の創設者であり、近世の教育に功績ある「明治六大教育家」にも列される福沢諭吉(1835~1901)の名言をご紹介します。
福沢諭吉の生涯
| 氏名 | 福澤諭吉 |
|---|---|
| 生年月日 | 1835年1月10日 |
| 没年月日 | 1901年2月3日 |
| 享年 | 66(歳) |
| 国籍 | 日本 |
| 出生地 | 摂津国大坂堂島新地五丁目(現在の大阪府大阪市福島区福島一丁目) |
| 職業 | 武士(中津藩士のち旗本)、蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者 |
| 名言 | 天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず |
1835年1月10日、中津藩の下級藩士の次男として生まれる。幼少の頃から漢学と一刀流の手解きを受ける。
19歳で長崎へ遊学して蘭学を学ぶ。幕末の時勢の中、1858年に中津藩邸の蘭学塾の講師として江戸へ出る。
1860年には、日米修好通商条約の批准書交換のために派遣された咸臨丸の艦長の従者として渡米。咸臨丸の指揮官を務めた勝海舟とはうまくいかず、晩年まで険悪な関係が続く。
1861年に結婚。1862年には翻訳方として欧州各国の使節団に同行する。途上、香港で植民地主義、帝国主義を目の当たりにして強い衝撃を受ける。
帰国後、『西洋事情』などの著書を通じて啓蒙活動を開始。幕府機構の改革を唱えた。
1868年には蘭学塾を慶應義塾と名付け、教育活動に専念。その後も専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所の創設に尽力。近世の教育に功績ある明治六大教育家の一人とされる。
1901年2月3日、福沢諭吉は脳溢血により死去、66年の生涯を閉じた。
福沢諭吉は幕末の志士、吉田松陰(四つ年上)、橋本左内(同年代)、坂本龍馬(一つ年下)、高杉晋作(五つ年下)とも同世代である。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
福沢諭吉の名言・格言集
・福沢諭吉の名言(1)
・福沢諭吉の名言(2)
・福沢諭吉の名言(3)
【関連ページ】
・勝海舟の名言・格言
・津田梅子の名言・格言
福沢諭吉の名言(1)
行為する者にとって、行為せざる者は最も過酷な批判者である。
進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。
独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。
人間は、負けるとわかっていても、戦わねばならない時がある。
だから、たとえ負けても勝っても、男子は男子なり。
勝負をもって人物を評することなかれ。
今日も、生涯の一日なり。
学問は米をつきながらも出来るものなり。
空想はすなわち実行の原案
一度、学問に入らば、大いに学問すべし。
農たらば大農となれ、商たらば大商となれ。
人生は芝居のごとし、上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。
とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし。
信の世界に偽詐多く、疑の世界に真理多し。
未だ試みずして、先ず疑うものは、勇者ではない。
学問の本趣意は、読書に非ず、精神の働きに在り。
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福沢諭吉の本・関連書籍
近代日本最大の啓蒙思想家・福沢諭吉の大ベストセラー『学問のすすめ』。本書は歯切れのよい原書のリズムをいかしつつ、文語を口語に移した現代語訳である。国家と個人の関係を見つめ、世のために働くことで自分自身も充実する生き方を示した彼の言葉は、全く色あせないばかりか、今の時代にこそ響く。読めば時代情勢を的確に見極め、今すべきことを客観的に判断する力がつく。現代にいかすためのポイントを押さえた解説つき。
明治30年、福沢は速記者を前にして60年の生涯を口述し、のちその速記文に全面加筆をほどこして『自伝』を書きあげた。近代日本の激動期を背景に、常に野にあって独立不羈をつらぬいた精神の歩みが大らかに自在に語られている。語るに値する生涯、自らそれを生きた秀れた語り手という希有な条件がここに無類の自伝文学を生んだ。
国の独立は目的なり、今の我が文明はこの目的に達するの術なり。西洋心酔と保守主義の相確執する明治初期、文明の本質を論じ、文明は文明自らに意味があるとした上で、今、最も優先すべき課題は日本国の独立であり、西洋文明を学ぶのもそのためであると説く。『学問のすゝめ』と共に、時代の展開に大きな影響を与えた福沢(1835‐1901)の代表的著作。
福沢諭吉の名言・言葉の一覧
| No. | 福沢諭吉の名言一覧 |
|---|---|
| 1 | 行為する者にとって、行為せざる者は最も過酷な批判者である。 |
| 2 | 進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。 |
| 3 | 独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。 |
| 4 | 人間は、負けるとわかっていても、戦わねばならない時がある。だから、たとえ負けても勝っても、男子は男子なり。勝負をもって人物を評することなかれ。 |
| 5 | 今日も、生涯の一日なり。 |
| 6 | 学問は米をつきながらも出来るものなり。 |
| 7 | 空想はすなわち実行の原案 |
| 8 | 一度、学問に入らば、大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ。 |
| 9 | 人生は芝居のごとし、上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし。 |
| 10 | 信の世界に偽詐多く、疑の世界に真理多し。 |
| 11 | 未だ試みずして、先ず疑うものは、勇者ではない。 |
| 12 | 学問の本趣意は、読書に非ず、精神の働きに在り。 |
| 13 | 社会共存の道は、人々自ら権利をまもり幸福を求むると同時に、他人の権利幸福を尊重し、いやしくもこれを侵すことなく、もって自他の独立自尊を傷つけざるにあり。 |
| 14 | 自ら労して自ら食うは、人生独立の本源なり。 |
| 15 | 人は他人に迷惑を掛けない範囲で自由である |
| 16 | ペンは剣よりも強し |
| 17 | 賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。 |
| 18 | 人は、生まれながらに、貴賤貧富の別なし。ただ、良く学ぶ者は、貴人となり、富人となり、そして、無学なる者は、貧人となり、下人となる。 |
| 19 | 顔色容貌の活溌愉快なるは人の徳義の一箇条にして、人間交際において最も大切なるものなり。 |
| 20 | 私は軽蔑されて侮辱されても、その立腹を他に移して他人を辱めることはドウしてもできない。 |
| 21 | 自由と我儘(わがまま)との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。 |
| 22 | 自分の悪かったことに気が付いて改めるというのは立派なことだ。 |
| 23 | 浮世を棄つるは、即ち、浮世を活発に渡るの根本なると知るべし。 |
| 24 | 難きを見て為さざるは、丈夫の志にあらず。 |
| 25 | 人生、万事、小児の戯れ。 |
| 26 | 読書は学問の術であり、学問は事業の術である。 |
| 27 | 活用なき学問は、無学に等しい。 |
| 28 | 一家は習慣の学校なり。父母は習慣の教師なり。 |
| 29 | 家の美風その箇条は様々なる中にも、最も大切なるは家族団欒、相互にかくすことなき一事なり。 |
| 30 | 親子だというても、親は親、子は子だ。その子の為に節を屈して子に奉公しなければならぬということはない。 |
| 31 | 妊娠中に母を苦しめ、生れて後は三年父母の懐を免れず、その洪恩は如何と言えり。 |
| 32 | 結婚は人生の重大事なれば、配偶の選択は最も慎重ならざるべからず。 |
| 33 | 政治は悪さ加減の選択である。 |
| 34 | 天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。 |