村上春樹の名言には、次のような言葉があります。
- 希望があるところには必ず試練があるものだから
- 深刻になることは必ずしも、真実に近づくこと…ではない
代表作は『ノルウェイの森』『1Q84』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『海辺のカフカ』など。世界文学へ貢献した作家に贈られるフランツ・カフカ賞を受賞し、以後ノーベル文学賞の有力候補と見なされている村上春樹(1949~)の名言をご紹介します。
村上春樹の経歴
| 氏名 | 村上春樹 |
|---|---|
| 生年月日 | 1949年1月12日 |
| 国籍 | 日本 |
| 出生地 | 京都府京都市伏見区 |
| 職業 | 小説家、文学翻訳家 |
| 名言 | 希望があるところには必ず試練があるものだから |
1949年1月12日、京都府京都市伏見区に生まれる。国語教師の両親の影響を受けて読書家に育つ。
1968年に早稲田大学文学部に入学。在学中は映画脚本家を目指して映画の脚本を読みふける。
1971年に学生結婚。在学中にジャズ喫茶を開店する。1978年、プロ野球の観戦中に小説を書くことを思い立ち、ジャズ喫茶を経営するかたわら作品を書き続け、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞する。
その後、専業作家となることを決意しジャズ喫茶を人に譲る。
1986年からギリシャ、ローマ旅行開始、1991年まで日本との間を行き来する生活を送る。
1987年に出版した『ノルウェイの森』が大ベストセラー。2002年の長編『海辺のカフカ』により国際的評価も高まる。2006年にはカフカ賞を受賞し、以後ノーベル文学賞の有力候補となる。
2009年にエルサレム賞を受賞。イスラエルによるガザ侵攻が国際的に非難されていたが「何も語らないことより現地で語ることを選んだ」と授賞式に出席。
特に影響を受けた作家として、スコット・フィッツジェラルド、トルーマン・カポーティ、レイモンド・チャンドラーらを挙げている。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
村上春樹の名言・格言集
・村上春樹の名言(1)
・村上春樹の名言(2)
・村上春樹の名言(3)
村上春樹の名言(1)
僕らはとても不完全な存在だし、何から何まで要領よくうまくやることなんて不可能だ。
不得意な人には不得意な人のスタイルがあるべきなのだ。
ものごとがあまりに完全だと、そのあとに決まって反動がやってくる。
それが世のならいだ。
人は勝つこともあるし、負けることもあります。
でもその深みを理解していれば、人はたとえ負けたとしても、傷つきはしません。
人はあらゆるものに勝つわけにはいかないんです。
人はいつか必ず負けます。
大事なのはその深みを理解することなのです。
誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。
しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。
私が小説を書く理由はひとつだけです。
個人的存在の尊厳をおもてに引き上げ、光をあてる事です。
どんなに壁が正しくてどんなに卵がまちがっていても、私は卵の側に立ちます。
インターネットで「意見」があふれ返っている時代だからこそ、「物語」は余計に力を持たなくてはならない。
目に見えるものが、ほんとうのものとは限らない。
遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える。
何かを持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何も持ってないやつは永遠に何ももてないんじゃないかと心配してる。
みんな同じさ。
月の裏側に一人残されていたような恐怖を自分のことのように想像しながら、その状況の意味を何年も考え続けた。
孤独好きな性格を守るのに、誰にも迷惑をかけてないはずだという論理は逃げである。
孤独は闘い取るものだ。
闘い取られていない孤独は、いつか人の心を蝕む。
過ちを進んで認める勇気さえあれば、だいたいの場合取りかえしはつく。
希望があるところには必ず試練があるものだから。
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村上春樹 おすすめ書籍
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村上春樹が語る村上春樹の世界。19本のインタビューで明かされる、いかに作家は生まれたのか、創作のプロセスについて―。公の発言が決して多くない村上春樹は、ただしいったんそれに応じるや、誰にも決して真似できない誠実さ、率直さをもってどこまでも答える。2011年6月に行われた最新インタビューをオリジナル収録。
村上春樹の名言・言葉の一覧
| No. | 村上春樹の名言一覧 |
|---|---|
| 1 | 僕らはとても不完全な存在だし、何から何まで要領よくうまくやることなんて不可能だ。不得意な人には不得意な人のスタイルがあるべきなのだ。 |
| 2 | ものごとがあまりに完全だと、そのあとに決まって反動がやってくる。それが世のならいだ。 |
| 3 | 人は勝つこともあるし、負けることもあります。でもその深みを理解していれば、人はたとえ負けたとしても、傷つきはしません。人はあらゆるものに勝つわけにはいかないんです。人はいつか必ず負けます。大事なのはその深みを理解することなのです。 |
| 4 | 誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える。 |
| 5 | 私が小説を書く理由はひとつだけです。個人的存在の尊厳をおもてに引き上げ、光をあてる事です。 |
| 6 | どんなに壁が正しくてどんなに卵がまちがっていても、私は卵の側に立ちます。 |
| 7 | インターネットで「意見」があふれ返っている時代だからこそ、「物語」は余計に力を持たなくてはならない。 |
| 8 | 目に見えるものが、ほんとうのものとは限らない。 |
| 9 | 遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える。 |
| 10 | 何かを持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何も持ってないやつは永遠に何ももてないんじゃないかと心配してる。みんな同じさ。 |
| 11 | 月の裏側に一人残されていたような恐怖を自分のことのように想像しながら、その状況の意味を何年も考え続けた。 |
| 12 | 孤独好きな性格を守るのに、誰にも迷惑をかけてないはずだという論理は逃げである。孤独は闘い取るものだ。闘い取られていない孤独は、いつか人の心を蝕む。 |
| 13 | 過ちを進んで認める勇気さえあれば、だいたいの場合取りかえしはつく。 |
| 14 | 希望があるところには必ず試練があるものだから。 |
| 15 | 一般論をいくら並べても人はどこにも行けない。 |
| 16 | 高く堅固な壁と卵があって、卵は壁にぶつかり割れる。そんな時に私は常に卵の側に立つ。 |
| 17 | 少しずつ向上する。少しずつだけれど、それでも向上は向上だ。 |
| 18 | 自分に同情するな。自分に同情するのは、下劣な人間のやることだ。 |
| 19 | 深刻になることは必ずしも、真実に近づくこと…ではない。 |
| 20 | 多くの人は枠組みが必要で、それがなくなってしまうと耐えられない。いろんな檻というか囲い込みがあって、そこに入ってしまうと下手すると抜けられなくなる。 |
| 21 | 人々は闇の中から出てくる何かを見つけることで闇の中から救われることができる。 |
| 22 | ひとつを解くことはおそらく、もうひとつをより明快に解くことになるはずだ。 |
| 23 | 慎重に考慮した結果、最終的に出席の判断をしました。この判断の理由の一つは、実に多くの人が行かないようにと私にアドバイスをしたことです。 |
| 24 | 人はどんどん変わっていくし、過去の発言に縛られたくありません。 |
| 25 | 僕たちは一年ごと、一月ごと、一日ごとに齢を取っていく。時々僕は自分が一時間ごとに齢を取っていくような気さえする。そして恐ろしいことに、それは事実なのだ。 |
| 26 | 人生でいちばんきついのは、心ならずも誰かを傷つけてしまうことであって、自分が傷つくことではありません。 |
| 27 | 僕は逃げられないし、逃げるべきではないのだ。それが僕の得た結論だった。たとえどこに行ったところで、それは必ず僕を追いかけてくるだろう。どこまでも。 |
| 28 | 忘れたいものは絶対に忘れられないんです。 |
| 29 | 流れというものが出てくるのを待つのは辛いもんだ。しかし待たねばならんときには、待たねばならん。 |
| 30 | この世界において、退屈でないものには人はすぐ飽きるし、飽きないものはだいたいにおいて退屈なものだ。 |
| 31 | 死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。 |
| 32 | 人は原理主義に取り込まれると、魂の柔らかい部分を失っていきます。そして自分の力で感じ取り、考えることを放棄してしまう。 |
| 33 | 信仰の深さと不寛容さは、常に裏表の関係にあります。 |
| 34 | どれほどこっそり息を潜めていても、そのうちに誰かが必ずあなたを見つけ出します。 |
| 35 | 僕は違う自分になることによって、それまでの自分が抱えていた何かから解放されたいと思っていたんだ。僕は本当に、真剣に、それを求めていたし、努力さえすればそれはいつか可能になるはずだと信じていた。でも結局のところ、僕はどこにもたどりつけなかったんだと思う。僕はどこまでいっても僕でしかなかった。 |