福沢諭吉の名言・格言




福沢諭吉の名言・格言


福沢諭吉(1835年~1901年)

江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者。


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1835年、下級藩士の次男として生まれる。幼少の頃から漢学と一刀流の手解きを受ける。19歳で長崎へ遊学して蘭学を学ぶ。幕末の時勢の中、1858年に中津藩邸の蘭学塾の講師として江戸へ出る。

1859年には、日米修好通商条約に伴い派遣された咸臨丸の艦長の従者として渡米。咸臨丸の指揮官を務めた勝海舟とはうまくいかず、晩年まで険悪な関係が続く。1861年に結婚。1862年には翻訳方として欧州各国の使節団に同行する。途上、香港で植民地主義、帝国主義を目の当たりにして強い衝撃を受ける。

帰国後、『西洋事情』などの著書を通じて啓蒙活動を開始。幕府機構の改革を唱えた。1868年には蘭学塾を慶應義塾と名付け、教育活動に専念。その後も、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所の創設に尽力。近世の教育に功績ある明治六大教育家の一人とされる。

福沢諭吉は、幕末の思想家、吉田松陰(四つ年上)、橋本左内(同年代)、坂本龍馬(一つ年下)、高杉晋作(五つ年下)とも同世代である。

Wikipedia(日本語版) / Wikipedia(英語版)


 

福沢諭吉の名言・格言集




福沢諭吉の名言(1)


名言・格言

 

行為する者にとって、

行為せざる者は最も過酷な批判者である。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

進まざる者は必ず退き、

退かざる者は必ず進む。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、

人に依頼する者は必ず人を恐る、

人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

人間は、負けるとわかっていても、

戦わねばならない時がある。

だから、たとえ負けても勝っても、

男子は男子なり。

勝負をもって人物を評することなかれ。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

今日も、

生涯の一日なり。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

学問は米をつきながらも出来るものなり。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

空想はすなわち実行の原案

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

一度、学問に入らば、

大いに学問すべし。

農たらば大農となれ、

商たらば大商となれ。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

人生は芝居のごとし、

上手な役者が乞食になることもあれば、

大根役者が殿様になることもある。

とかく、あまり人生を重く見ず、

捨て身になって何事も一心になすべし。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

信の世界に偽詐多く、

疑の世界に真理多し。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

未だ試みずして、

先ず疑うものは、

勇者ではない。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

学問の本趣意は、

読書に非ず、

精神の働きに在り。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

社会共存の道は、

人々自ら権利をまもり幸福を求むると同時に、

他人の権利幸福を尊重し、

いやしくもこれを侵すことなく、

もって自他の独立自尊を傷つけざるにあり。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

自ら労して自ら食うは、

人生独立の本源なり。

 

- 福沢諭吉 -


名言・格言

 

人は他人に迷惑を掛けない範囲で

自由である

 

- 福沢諭吉 -



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