武者小路実篤の名言(2)
自分でも何かのお役に立つのだ。
このことは喜びである。
この喜びは自分の一生が、無意味でないことを示している。
このことを幸福に感じるのである。
人生は楽ではない。
そこが面白い。
誰もが見て、これでこそ人間だと思う一個の人間、自分はそういう人間を実に愛する。
ふまれても
ふまれても
我はおきあがるなり
青空を見て微笑むなり
星は我に光をあたえ給うなり
『名言の心』(エッセイ)
自然の力で「我はおきあがるなり」
桃栗三年柿八年
だるまは九年
俺は一生
僕は運命を信じないのです。
ただ実力を磨くことだけを信用しているのですよ。
本当にころがつた者は起き上がる時は何か得をしてゐる。
すぐれた人間は、いざという時が来ないでも、いつも全力を出して仕事をしている。
まあいゝ
俺の一生を何かの役にたてて見せる
ころぶ時があつても
私は一個の人間でありたい
誰にも利用されない
誰にも頭を下げない
一個の人間でありたい
他人を利用したり
他人をいびつにしたりしない
そのかはり自分もいびつにされない
一個の人間でありたい
自分で幸福を感じている人は、それだけで満足し感謝するが、自分が幸福を感じないものは、他人に尊敬されたかったり、他人に報酬を求めたりする傾向になりやすい。
心の美しい者は、皆に愛されるのは事実である。
そして恐らく運命にも愛されるであろう。
人生と言うものは、思わぬ時に道がひらけたり、閉じたりするものだ。
生まれた者は
やがて死ぬ者なり
我も亦
やがて死なん
だが生きてゐる間は生きる也
我らしく生きる也
何者にも頭を下げず
いぢけずに生きんと思ふ
どこまでも勝ちぬき、どこまでも生きぬくためには、勇敢であることが必要なのだ。
そして勇敢の第一の条件は生命を捨てるのを恐れずに戦うということだ。
それも弱者のため、自分の保護を要求する人のために身を犠牲として戦う。
これが勇敢なものの特質である。
よき友を持つものは、自分の方でもよき友に、なれるものでなければならない。
自分だけが得することは、不可能である。
一から一をひけば零である。
人生から愛をひけば何が残る。
土地から水分をとれば沙漠になるようなものだ。
何のためにあなたたちは、生きているのですか。
国のためですか。
家のためですか。
親のためですか。
夫のためですか。
子のためですか。
自己のためですか。
愛するもののためですか。
愛するものを持っておいでですか。
幸福は分に応じて、心がけよくして生きてゆけば誰でもなれるはずである。
笑はれるのを恐れるよりは、心にないことを云ふのを恐れなければいけない。
『名言の心』(エッセイ)
孤独を感じたときに
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