勝海舟の名言(2)
やるだけのことはやって、後のことは心の中で、そっと心配しておれば良いではないか。
どうせなるようにしかならないよ。
世に処するには、どんな難事に出逢っても臆病ではいけない。
「さあ、なにほどでも来い。おれの身体がねじれるならばねじってみろ」という料簡で事をさばいてゆくときは、難時が到来すればするほどおもしろ味がついてきて、物事は造作もなく落着してしまうものだ。
人間の精根には限りがあるから、あまり多く読書や学問に力を用いると、いきおい実務の方にはうとくなるはずだ。
功名をなそうという者には、とても功名はできない。
戦いに勝とうという者には、とても勝ち戦はできない。
何ごとをするにも、無我の境に入らなければいけないよ。
島国の人間は、どこも同じことで、とにかくその日のことよりほかは目につかなくって、五年十年さきはまるで暗やみ同様だ。
それもひっきょう、度量が狭くって、思慮に余裕がないからのことだよ。
人はみな、さまざまに長ずるところ、信ずるところを行えばよいのさ。
社会は大きいからあらゆるものを包容して毫(ごう)も不都合はない。
生業に貴賤はないけど、生き方に貴賤があるねえ。
もし成功しなければ、成功するところまで働き続けて、けっして間断があってはいけない。
世の中の人は、たいてい事業の成功するまでに、はや根気が尽きて疲れてしまうから大事ができないのだ。
あれのこれのと心配ばかりしていては、自然と気が餓え神(心)が疲れて、とても電光石火に起こりきたる事物の応接はできない。
世人は、首を回すことは知っている。
回して周囲に何があるか、時勢はどうかを見分けることはできる。
だが、もう少し首を上にのばし、前途を見ることを覚えないといけない。
学者になる学問は容易なるも、無学になる学問は困難なり。
人間、数ある中には、天の教えを受ける勘を備えている者がある。
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