吉田松陰の名言(2)
志定まれば、気盛んなり。
決心して断行すれば、何ものもそれを妨げることはできない。
大事なことを思い切って行おうとすれば、まずできるかできないかということを忘れなさい。
人間には精気というものがあり、人それぞれに精気の量は決まっている。
この精気なるものは抑制すべきである。
抑制すればやがて溢出する力が大きく、ついに人間、狂にいたる。
しかし、おのれの欲望を解放することによって、固有の気が衰え、ついに惰になり、物事を常識で考える人間になってしまう。
君子は何事に臨んでも、それが道理に合っているか否かと考えて、その上で行動する。
小人は何事に臨んでも、それが利益になるか否かと考えて、その上で行動する。
敵が弱いように、敵が衰えるようにと思うのは、皆、愚痴もはなはだしい。
自分に勢いがあれば、どうして敵の勢いを恐れようか。
自分が強ければ、どうして敵の強さを恐れようか。
至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり。
17、18の死が惜しければ、30の死も惜しい。
80、90、100になってもこれで足りたということはない。
半年と云う虫たちの命が短いとは思わないし、松や柏のように数百年の命が長いとも思わない。
天地の悠久に比べれば、松柏も一時蠅(ハエのような存在)なり。
世の中には体は生きているが、心が死んでいる者がいる。
反対に、体が滅んでも魂が残っている者もいる。
心が死んでしまえば生きていても、仕方がない。
魂が残っていれば、たとえ体が滅んでも意味がある。
学問をする眼目は、自己を磨き自己を確立することにある。
学問の上で大いに忌むべきは、したり止めたりである。
したり止めたりであれば、ついに成就することはない。
人を観察するのは、目によってする。
胸の中が正しいか、正しくないかは、瞳が明るいか、暗いかによって分かる。
今の世の中、優れた人物がいないと人は言うが、上の者が優れている人物を好むということさえすれば、人物がいないことを心配する必要はない。
教えるの語源は「愛しむ」。
誰にも得手不手がある、絶対に人を見捨てるようなことをしてはいけない。
人を信ずることは、もちろん、遥かに人を疑うことに勝っている。
わたくしは、人を信じ過ぎる欠点があったとしても、絶対に人を疑い過ぎる欠点はないようにしたいと思う。
どんな人間でも一つや二つは素晴らしい能力を持っているのである。
その素晴らしいところを大切に育てていけば、一人前の人間になる。
これこそが人を大切にするうえで最も大事なことだ。
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