スコット・フィッツジェラルドの名言には、次のような言葉があります。
- 誰かのことを批判したくなったときには、世間のすべての人がおまえのように恵まれているわけではないということをちょっと思いだしてみるのだ
- 忘れられることは、許されること
代表作は『グレート・ギャツビー』『夜はやさし』など。1920年代の「失われた世代」の作家の一人とされるF・スコット・フィッツジェラルド(1896~1940)の名言をご紹介します。
スコット・フィッツジェラルドの生涯
| 氏名 | F・スコット・フィッツジェラルド |
|---|---|
| 英語名 | F. Scott Fitzgerald |
| 生年月日 | 1896年9月24日 |
| 没年月日 | 1940年12月21日 |
| 享年 | 44(歳) |
| 国籍 | アメリカ |
| 出生地 | ミネソタ州セントポール |
| 職業 | 小説家 |
| 名言 | 誰かのことを批判したくなったときには、世間のすべての人がおまえのように恵まれているわけではないということをちょっと思いだしてみるのだ |
1896年9月24日、アメリカ中西部のミネソタ州のセントポールに生まれる。
実名はフランシス・スコット・キー・フィッツジェラルド。名前の由来であるアメリカ国歌の作詞者フランシス・スコット・キー(1779~1843)は父方の遠縁にあたる。
両親はアイルランド系で母は地元の著名な実業家の娘であった。父は事業に失敗していたが、母の実家からの援助により、一家は不足のない生活を送っていた。
1913年、フィッツジェラルドは17歳でニュージャージー州のプリンストン大学に入学。
大学では詩作や演劇の脚本を書くなどしていたが、1915年に病気のため大学を休学。1917年にアメリカが第一次世界大戦に参戦すると大学を中退し、陸軍へ入隊。
アラバマ州キャンプ・シェリダンで訓練中、フィッツジェラルドは小説『ロマンティック・エゴティスト』を執筆。出版社へ持ち込むも出版は認められなかった。
1918年、フィッツジェラルドが22歳のときに第一次世界大戦が終結。彼は戦地へ渡ることなく、陸軍を除隊。
訓練中、彼はゼルダ・セイヤーと出会い、その後二人は婚約。しかし、ゼルダは除隊後に広告代理店でコピーライターとして働く彼の生活力に疑問を抱き、婚約を解消。
婚約解消後、フィッツジェラルドは退職し『ロマンティック・エゴティスト』を推敲。1920年に『楽園のこちら側』と改題して出版され、ベストセラーとなる。
同年、再び婚約したゼルダと結婚。翌年には娘が誕生した。
1922年に『美しく呪われし者』を出版。1925年、28歳ときに『グレート・ギャツビー』を出版。この頃、執筆の合間をぬってヨーロッパへ旅行。パリなどでヘミングウェイらと出会っている。
1930年、パリでゼルダが統合失調症の発作を起こす。その後、彼女はアメリカ東部のメリーランド州ボルチモアの病院に転院。
1934年、37歳のときに『夜はやさし』を出版。しかし作品の売り上げは芳しくなく、彼はアルコールに溺れるようになる。
1930年代後半、シナリオライターとしてハリウッドに居住。療法施設で生活するゼルダとは疎遠になり、愛人シーラ・グレアムと生活していた。
アルコールが手放せず、健康状態が悪化していたフィッツジェラルドは1940年12月21日、心臓麻痺により死亡、44年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
スコット・フィッツジェラルドの名言・格言集
・フィッツジェラルドの名言(1)
・フィッツジェラルドの名言(2)
【関連ページ】
・英語の名言・格言【スコット・フィッツジェラルド】
スコット・フィッツジェラルドの名言(1)
たったひとつの敗北を、決定的な敗北と勘違いしてはいけない。
判断をさし控えることは、無限に希望を抱くことである。
忘れられることは、許されること。
秋が来て過ごしやすくなれば、いつだって新しい人生を始めることができるんだから。
天才とは、心の中にあるものを実行する能力である。
魅力的に愚痴を言うには、天才でなければならない。
友情は相手が死んでからではなく、生きているうちに示すものだ。
誰かのことを批判したくなったときには、世間のすべての人がおまえのように恵まれているわけではないということをちょっと思いだしてみるのだ。
偉大な小説は自分で筆をとる。
ひどい小説は作家が筆をとる。
何かを言いたいから書くのではない。
何か言うべきことがあるから書くのだ。
バカな娘だといいな
– 女の子がこの世界で生きていくには、かわいいおバカさんが一番だからね。
この世界にはあらゆる形の愛があるが、同じ愛は二つとない。
最初は君が酒を飲む。
それから酒が酒を飲み、最後に酒が君を飲む。
精神力とは、物事をやり抜く力だけでなく、物事を一からやり直す能力にも示されるものだ。
恋をしているということは素晴らしい。
あなたはたくさんのほめ言葉をもらえるし、自分をたいした男だと思いはじめる。
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スコット・フィッツジェラルドの本・関連書籍
村上春樹が人生で巡り会った、最も大切な小説を、あなたに。新しい翻訳で二十一世紀に鮮やかに甦る、哀しくも美しい、ひと夏の物語。読書家として夢中になり、小説家として目標のひとつとしてきたフィッツジェラルドの傑作に、翻訳家として挑む、構想二十年、満を持しての訳業。
若き優秀な精神科医ディックは、富豪の美しい娘ニコルと出会う。医師と患者という垣根を越えて、恋に落ち、結婚した二人。富も名声も持ち、人を惹きつけて止まないこの夫婦は、多くの友人から敬われ慕われていた。二人の子に恵まれ結婚生活も順調に思われたリヴィエラでの夏、若き女優ローズマリーが現れディックに激しい恋をしたことから、彼らの運命が大きく揺さぶられ始める。自伝的色彩を強く放つ、著者最大の長篇傑作。
ベーブ・ルース、ジャック・デンプシー、アル・カポネ、チャップリン、グレタ・ガルボ、ルイ・アームストロング、ジョージ・ガーシュイン…。その誰よりも「狂瀾の」とも「黄金の」とも形容される1920年代アメリカを象徴する、スコット・フィッツジェラルドの代表的短篇6篇を収録。
スコット・フィッツジェラルドの名言・言葉の一覧
| No. | スコット・フィッツジェラルドの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | たったひとつの敗北を、決定的な敗北と勘違いしてはいけない。 |
| 2 | 判断をさし控えることは、無限に希望を抱くことである。 |
| 3 | 忘れられることは、許されること。 |
| 4 | 秋が来て過ごしやすくなれば、いつだって新しい人生を始めることができるんだから。 |
| 5 | 天才とは、心の中にあるものを実行する能力である。 |
| 6 | 魅力的に愚痴を言うには、天才でなければならない。 |
| 7 | 友情は相手が死んでからではなく、生きているうちに示すものだ。 |
| 8 | 誰かのことを批判したくなったときには、世間のすべての人がおまえのように恵まれているわけではないということをちょっと思いだしてみるのだ。 |
| 9 | 偉大な小説は自分で筆をとる。ひどい小説は作家が筆をとる。 |
| 10 | 何かを言いたいから書くのではない。何か言うべきことがあるから書くのだ。 |
| 11 | バカな娘だといいな - 女の子がこの世界で生きていくには、かわいいおバカさんが一番だからね。 |
| 12 | この世界にはあらゆる形の愛があるが、同じ愛は二つとない。 |
| 13 | 最初は君が酒を飲む。それから酒が酒を飲み、最後に酒が君を飲む。 |
| 14 | 精神力とは、物事をやり抜く力だけでなく、物事を一からやり直す能力にも示されるものだ。 |
| 15 | 恋をしているということは素晴らしい。あなたはたくさんのほめ言葉をもらえるし、自分をたいした男だと思いはじめる。 |
| 16 | すべての良い文章は、水中で泳ぎながら、あなたの息を止めさせる。 |
| 17 | ギャツビーは傑作だった。だがこの作品(夜はやさし)は信仰の告白なんだ。 |
| 18 | 恋というほどのものでもなかったけど、わたしはある種のやさしい興味を彼女に抱いていた。 |
| 19 | 優れた知性とは、二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を充分に発揮していくことができるということだ。 |
| 20 | アメリカ人の人生に第二幕はない。 |
| 21 | ヒーローを見せてごらん。わたしが悲劇を書いてあげよう。 |
| 22 | 追求され、追求し、忙しく、疲れる。あるのはそれだけだ。 |
| 23 | だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。 |
| 24 | 他人の幸運ほど不快なものはないね。 |
| 25 | 意志には代用品がない。自分のなかに意志をまったく感じられないときは、嘘でもいいから意志をつくることだ。 |
| 26 | 大いなる思考は会議で生まれたことはなかったが、馬鹿な多くの考え方もそこで死滅した。 |
| 27 | 魂の暗黒の闇の中では、時刻はいつも午前三時だ。 |
| 28 | 登場人物がプロットで、プロットが登場人物だ。 |