ジョージ・ワシントンの名言には、次のような言葉があります。
- 正直は常に最善の策である
- 他人を押さえつけている限り、自分もそこから動くことはできない
アメリカ合衆国の初代大統領、ジョージ・ワシントン(1732~1799)の名言をご紹介します。
ジョージ・ワシントンの生涯
| 氏名 | ジョージ・ワシントン |
|---|---|
| 英語名 | George Washington |
| 生年月日 | 1732年2月22日 |
| 没年月日 | 1799年12月14日 |
| 享年 | 67(歳) |
| 国籍 | アメリカ |
| 出生地 | バージニア植民地ウェストモアランド郡コロニアル・ビーチ南部のポープズ・クリーク・プランテーション |
| 職業 | 軍人、政治家、米国初代大統領 |
| 名言 | 正直は常に最善の策である |
1732年2月22日、バージニア植民地ウェストモアランド郡コロニアル・ビーチに生まれる。両親はイギリス出の家柄で、一家は黒人奴隷プランテーションを経営していた。
父はワシントンが11歳の時に死去。長兄ローレンスが父親代わりを務める。
ワシントンは青年期に測量を学び、16歳で農園主としての経験も積み始める。17歳のときに測量士として公的な役職に就いた。
ワシントンが20歳のときに長兄が死去。長兄はバージニアの民兵隊長を務めており、ワシントンはその地区の一つを継承し、少佐となる。
ワシントンは22歳のときにバージニア市民軍の大佐に任命され、オハイオ渓谷からフランス軍を排除するために派遣されるも数で圧倒され、降伏。解放されたワシントンは大佐を辞任。
翌年、ワシントンはフレンチ・インディアン戦争でオハイオ領土を取り戻すことを試みたイギリス軍のブラドック遠征に従軍。この戦いで敗北を喫したものの、ワシントンは退却の際に砲火の下の冷静さを示した。
26歳になったワシントンはジョン・フォーブスの遠征隊に参加し、デュケイン砦のフランス軍を排除することに成功。この年にワシントンは軍隊から退き、その後の16年間はバージニアの農園主および政治家として過ごす。
ワシントンは27歳のときに未亡人のマーサと結婚。マーサの連れ子二人を愛情をこめて育てたが、ワシントン夫妻には子供ができなかった。
戦争の英雄であり、大土地所有者としても尊敬されたワシントンは、1758年からバージニア植民地議会議員に選ばれる。
1769年に高まった植民地の反抗で37歳のワシントンは指導的な役割を担うようになる。
1774年のイギリス議会による耐え難き諸法の成立を「我々の権利と主権に対する侵害」と見なし、42歳のワシントンは大陸会議の招集を求めるフェアファックス決議を採択。
1775年4月のイギリスとの戦闘「レキシントン・コンコードの戦い」後、大陸会議は6月に大陸軍を創設し、ワシントンが植民地軍総司令官に任命される。
ジョージ・ワシントンは司令官としてアメリカ独立戦争(1775~1783)を戦い、勝利。1783年のパリ条約によって、イギリスはアメリカの独立を承認した。
1789年2月、アメリカ合衆国において最初の大統領選挙が行われ、57歳のジョージ・ワシントンが選挙人投票率100%の票を得て初代大統領に選ばれる。
1797年に65歳のワシントンは大統領職を辞任。ワシントンはバージニア州のマウントバーノンの農園に戻った。
1799年12月14日、ジョージ・ワシントンは自宅にて死去。67年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
ジョージ・ワシントンの名言・格言集
・ジョージ・ワシントンの名言(1)
・ジョージ・ワシントンの名言(2)
【関連ページ】
・英語の名言・格言【ジョージ・ワシントン】
ジョージ・ワシントンの名言(1)
正直は常に最善の策である。
偽りの愛国心で人を欺く行為に用心しなさい。
心配とは、取り越し苦労をする人々が支払う利息である。
出来ないことを引き受けるな。
約束を守ることには、細心であれ。
おのれの職分を守り黙々として勤めることは、中傷に対する最上の答えである。
人の話の腰を折ってはいけない。
人の話題を横取りしてもいけない。
自由はひとたび根付きはじめると急速に成長する植物である。
戦争に備えることは、平和を守る最も有効な手段のひとつである。
人々の権利を確保するため、人々の間に政府が組織される。
憲法は、わたしが決して置き去ることのない道しるべだ。
幸福と道徳的義務は、密接に関係している。
自分の評判を重視するなら、質のよい人々とつきあうべきだ。
悪い仲間といるより、独りでいた方がましである。
他人を押さえつけている限り、自分もそこから動くことはできない。
上司と口論してはいけない。
あなたの判断を穏やかに聞いてもらうように心がけよう。
政治とは理性ではない。
雄弁でもない。
政治とは力である。
炎のような、つまり、危険な使用人であり、恐ろしい主人である。
合意によって制定された法律は、個人によって踏みにじられてはならない。
われわれは軍人になったとき、市民であることをやめたのではない。
良心という神聖な火花を、胸の中で消さないように努めなさい。
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ジョージ・ワシントンの本・関連書籍
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ジョージ・ワシントンの名言・言葉の一覧
| No. | ジョージ・ワシントンの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | 正直は常に最善の策である。 |
| 2 | 偽りの愛国心で人を欺く行為に用心しなさい。 |
| 3 | 心配とは、取り越し苦労をする人々が支払う利息である。 |
| 4 | 出来ないことを引き受けるな。約束を守ることには、細心であれ。 |
| 5 | おのれの職分を守り黙々として勤めることは、中傷に対する最上の答えである。 |
| 6 | 人の話の腰を折ってはいけない。人の話題を横取りしてもいけない。 |
| 7 | 自由はひとたび根付きはじめると急速に成長する植物である。 |
| 8 | 戦争に備えることは、平和を守る最も有効な手段のひとつである。 |
| 9 | 人々の権利を確保するため、人々の間に政府が組織される。 |
| 10 | 憲法は、わたしが決して置き去ることのない道しるべだ。 |
| 11 | 幸福と道徳的義務は、密接に関係している。 |
| 12 | 自分の評判を重視するなら、質のよい人々とつきあうべきだ。悪い仲間といるより、独りでいた方がましである。 |
| 13 | 他人を押さえつけている限り、自分もそこから動くことはできない。 |
| 14 | 上司と口論してはいけない。あなたの判断を穏やかに聞いてもらうように心がけよう。 |
| 15 | 政治とは理性ではない。雄弁でもない。政治とは力である。炎のような、つまり、危険な使用人であり、恐ろしい主人である。 |
| 16 | 合意によって制定された法律は、個人によって踏みにじられてはならない。 |
| 17 | われわれは軍人になったとき、市民であることをやめたのではない。 |
| 18 | 良心という神聖な火花を、胸の中で消さないように努めなさい。 |
| 19 | 私の一番の願いは、人類の病である戦争が地上から消え去るのを見届けることだ。 |
| 20 | 真の友情はゆっくり成長する植物である。友情と呼ぶにふさわしいところまで成長するには、度重なる危機にも耐え抜かねばならない。 |
| 21 | 私の母は、今までに見た女性の中で一番美しい人でした。私が今あるのは、すべて母のおかげです。生涯の成功のすべては母から与えられた道徳教育、知的教育、身体教育のおかげなのです。 |
| 22 | 我々には政党はいらない。なぜなら、我々はすべて共和主義者だからだ。 |
| 23 | 常に継続してやっていれば、素晴らしいことが出来るようになる。 |
| 24 | 賭博は貪欲の子供であり、不正の兄弟であり、不幸の父である。 |
| 25 | その場にいない人を、批判してはいけない。 |
| 26 | 下手な言い訳をするよりも言い訳しない方がましだ。 |
| 27 | 最高入札者に抵抗する力をもつ者はほとんどいない。 |
| 28 | 過去の過ちから役に立つ教訓を引き出すためと、高価な代償を払って得た利益を得るためでない限り、決して過去を顧みるな。 |