モハメド・アリの名言には、次のような言葉があります。
- リスクを取る勇気がなければ、何も達成することがない人生になる
- 想像力のない奴に、翼は持てない
世界ヘビー級王座を3度奪取。人種差別と戦い、ベトナム戦争の徴兵拒否など社会的にも注目を集めたモハメド・アリ(1942~2016)の名言をご紹介します。
モハメド・アリの生涯
| 氏名 | モハメド・アリ |
|---|---|
| 英語名 | Muhammad Ali |
| 生年月日 | 1942年1月17日 |
| 没年月日 | 2016年6月3日 |
| 享年 | 74(歳) |
| 国籍 | アメリカ |
| 出生地 | ケンタッキー州ルイビル |
| 職業 | プロボクサー |
| 名言 | あまりにも順調に勝ちすぎているボクサーは、実は弱い。 |
1942年1月17日、ケンタッキー州ルイビルに生まれる。旧名はカシアス・クレイ。
12歳のときに父親から誕生日にもらった自転車が盗まれる。「自転車ドロボウが見つかったらタダじゃおかない。きっとぶちのめしてやる」と泣き叫ぶクレイに、ボクシングジムのトレーナーもしていた警官がボクシングを勧める。
ボクシングジムに入門後、8週間でアマチュアボクサーとしてデビュー。初戦を勝利する。
その後、ケンタッキー州の大会で6度優勝。1959年から2年連続で全米大会優勝を果たし、ローマ五輪のライト・ヘビー級代表の座を射止める。
1960年のローマ五輪で金メダルを獲得。しかし帰郷したケンタッキーで人種差別を受け、悔しさから金メダルを川に投げ捨てた。
1960年にプロデビュー。当時、アフリカ系アメリカ人が公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った公民権運動が盛り上がりを見せており、クレイもマルコムXらが所属するネーション・オブ・イスラム(黒人のイスラム運動組織。イスラム教から派生した新宗教)に入信。リングネームをモハメド・アリに改める。1975年にイスラム教スンナ派に改宗している。
1964年、世界ヘビー級王座を獲得。試合後、本名をモハメド・アリへと改名。
1960年にベトナム戦争が勃発。1967年、アリの良心的兵役拒否(宗教の信条や政治的、哲学的な背景に基づく兵役拒否)により、最初の裁判で禁固5年と罰金1万ドルを科せられ、ヘビー級王座とボクサーライセンスも剥奪される。
アリはその後も信念を曲げずに戦い続け、4年後の1971年に最高裁判所で無罪を勝ち取る。
リングに復帰したアリは、1971年に世界ヘビー級王座に挑戦するも敗北。1974年にジョージ・フォアマンに勝利し、王座に返り咲いた。
1976年には来日してアントニオ猪木と格闘技世界一決定戦を特別ルールで戦い、引き分けとなっている。
1981年に引退。その後、パーキンソン病にかかり、長い闘病生活に入る。公の場に出る機会は減るも社会に対してメッセージを発し続ける。
2005年、米国ホワイトハウスにて文民に送られる最高の勲章である大統領自由勲章を授与された。また同年、生涯をかけた米国での公民権運動が評価され、ドイツのオットー・ハーン平和賞を受賞した。
2016年6月3日、米国アリゾナ州の病院にて74年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
モハメド・アリの名言・格言集
【関連ページ】
・英語の名言・格言【モハメド・アリ】
・マルコムXの名言・格言
・アントニオ猪木の名言・格言
モハメド・アリの名言(1)
リスクを取る勇気がなければ、何も達成することがない人生になる。
人間が困難に立ち向かう時、恐怖を抱くのは信頼が欠如しているからだ。
私は私を信じる。
あまりにも順調に勝ちすぎているボクサーは、実は弱い。
不可能とは、自らの力で世界を切り開くことを放棄した臆病者の言葉だ。
不可能とは、現状に甘んじるための言い訳にすぎない。
不可能とは、事実ですらなく、単なる先入観だ。
不可能とは、誰かに決めつけられることではない。
不可能とは、可能性だ。
不可能とは、通過点だ。
不可能なんて、ありえない。
人間として大きくなればなるほど、それをあえて他人に証明する必要は無くなるのです。
私ほど偉大になると、謙虚になることは難しい。
チャンピオンはジムで作られるものじゃない。
彼らの奥深くにある「何か」で作られるんだ。
例えば願望、夢、ビジョン。
そのためにはどんな土壇場でも耐えるスタミナと、少しばかりのすばしっこさ、そして技術と意志が必要だろう。
だが意志の力はどんな技術よりも更なる強さを与えてくれる。
私は神話を作り、神話の中で生きる
私が心から恐れるのは神の法だけだ。
人が作った法はどうでもいいと言うつもりはないが、私は神の法に従う。
何の罪も恨みもないべトコンに、銃を向ける理由は私にはない。
あなたが、私に対して、なって欲しいという者に、私はなる義務がない。
いかなる理由があろうとも、殺人に加担することはできない。
アラーの教えに背くわけにはいかない。
友情は、この世で最も説明しづらいものだ。
それは学校で教えてくれるものじゃない。
でもその意味を知らなければ、実際何ひとつ知らないのと同じだ。
50歳になった時、20歳の時と同じように世界を見ている人間は、人生の30年を無駄にしたということだ。
これからのこの国がどうなるのかは、君たち白人(エリート)の双肩にかかっている。
よく考えて欲しい。
答えは君たち自身の中にある。
俺はトレーニングが大嫌いだった。
でも、自分にこう言い聞かせたんだ。
「絶対にあきらめるな。今は耐えろ。そして残りの人生をチャンピオンとして生きろ」
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モハメド・アリの本・関連書籍
アリを語る。それはひとりのボクサーでなく、ひとつの時代を語ることである。沸き起こるブラックパワー、泥沼化するヴェトナム。揺れ動く60年代アメリカのなかで、その男の横溢する生は時代と激しく火花を散らし、重なり合っていった。アリ自身をはじめ二百余名のインタビューから描く、圧巻の決定版評伝。
ピュリッツァー賞作家が活写する、20世紀を代表するボクサー、モハメド・アリの本格的評伝。20世紀最高の賞賛と非難を浴びた「カリスマ」の核心をつき、『タイム』誌99年度ノンフィクション部門第1位に輝いた。
偉大なる黒人ファイター、反戦のシンボル、危険な人種分離主義者…膨れ上がるイメージと現実。この歴史的巨人と遭遇する機会は、すべての男たちの人生を変えていった。これはそんな男たちの物語、アリと戦った男たちが描くいわば肖像画である。
モハメド・アリの名言・言葉の一覧
| No. | モハメド・アリの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | リスクを取る勇気がなければ、何も達成することがない人生になる。 |
| 2 | 人間が困難に立ち向かう時、恐怖を抱くのは信頼が欠如しているからだ。私は私を信じる。 |
| 3 | あまりにも順調に勝ちすぎているボクサーは、実は弱い。 |
| 4 | 不可能とは、自らの力で世界を切り開くことを放棄した臆病者の言葉だ。不可能とは、現状に甘んじるための言い訳にすぎない。不可能とは、事実ですらなく、単なる先入観だ。不可能とは、誰かに決めつけられることではない。不可能とは、可能性だ。不可能とは、通過点だ。不可能なんて、ありえない。 |
| 5 | 人間として大きくなればなるほど、それをあえて他人に証明する必要は無くなるのです。 |
| 6 | 私ほど偉大になると、謙虚になることは難しい。 |
| 7 | チャンピオンはジムで作られるものじゃない。彼らの奥深くにある「何か」で作られるんだ。例えば願望、夢、ビジョン。そのためにはどんな土壇場でも耐えるスタミナと、少しばかりのすばしっこさ、そして技術と意志が必要だろう。だが意志の力はどんな技術よりも更なる強さを与えてくれる。 |
| 8 | 私は神話を作り、神話の中で生きる |
| 9 | 私が心から恐れるのは神の法だけだ。人が作った法はどうでもいいと言うつもりはないが、私は神の法に従う。何の罪も恨みもないべトコンに、銃を向ける理由は私にはない。 |
| 10 | あなたが、私に対して、なって欲しいという者に、私はなる義務がない。 |
| 11 | いかなる理由があろうとも、殺人に加担することはできない。アラーの教えに背くわけにはいかない。 |
| 12 | 友情は、この世で最も説明しづらいものだ。それは学校で教えてくれるものじゃない。でもその意味を知らなければ、実際何ひとつ知らないのと同じだ。 |
| 13 | 50歳になった時、20歳の時と同じように世界を見ている人間は、人生の30年を無駄にしたということだ。 |
| 14 | これからのこの国がどうなるのかは、君たち白人(エリート)の双肩にかかっている。よく考えて欲しい。答えは君たち自身の中にある。 |
| 15 | 俺はトレーニングが大嫌いだった。でも、自分にこう言い聞かせたんだ。「絶対にあきらめるな。今は耐えろ。そして残りの人生をチャンピオンとして生きろ」 |
| 16 | もし俺を倒すなんて夢を見ているのなら、さっさと目を覚まして俺に謝った方がいい。 |
| 17 | 私は蝶のように舞い、蜂のように刺す。奴には私の姿は見えない。見えない相手を打てるわけが無いだろう。 |
| 18 | 肯定の繰り返しが信念につながる。その信念が深い確信になると、物事が実現し始める。 |
| 19 | 想像力のない奴に、翼は持てない。 |
| 20 | 人は世界一のゴミ収集人になれる。世界一のモデルにだってなれる。たとえ何をやろうと、それが世界一なら何も問題はない。 |
| 21 | 他者に貢献することは、この地球でのあなたの居場所に払う家賃である。 |
| 22 | 私の一番つらかった戦いは、最初の妻とのものだ。 |
| 23 | 良い返答を思いつかないとき、沈黙は金だ。 |