エイブラハム・リンカーンの名言には、次のような言葉があります。
- 敵が友となる時、敵を滅ぼしたと言えないかね?
- あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ
奴隷制に反対し、国内を二分する南北戦争に勝利するも、南軍降伏の6日後に凶弾に倒れたエイブラハム・リンカーン(1809~1865)の名言をご紹介します。
エイブラハム・リンカーンの生涯
| 氏名 | エイブラハム・リンカーン |
|---|---|
| 英語名 | Abraham Lincoln |
| 生年月日 | 1809年2月12日 |
| 没年月日 | 1865年4月15日 |
| 享年 | 56(歳) |
| 国籍 | アメリカ |
| 出生地 | ケンタッキー州ラルー郡 |
| 職業 | 政治家。第16代米国大統領 |
| 名言 | 敵が友となる時、敵を滅ぼしたと言えないかね? |
1809年2月12日、ケンタッキー州ラルー郡に生まれる。
両親は無学な開拓農民であり、リンカーンも基礎教育をわずかに受け、以後独学であった。
23歳のときに政治の世界に入ることを勧められイリノイ州議会議員選挙に出馬するも落選。郵便局長、郡測量士を務めた後に弁護士になる。
25歳のリンカーンは州議会議員への二度目の出馬を行い当選。37歳のときにアメリカ合衆国下院議員に選出される。
1860年、51歳のリンカーンは共和党大統領候補に選出され、民主党候補を破り、第16代大統領となる。
奴隷制の拡張に反対するリンカーンの当選が決まると、分離主義者達は連邦から脱退する意思を明らかにし、1860年12月にサウスカロライナ州が脱退条例を採択。
リンカーンはアメリカ連合国(分離独立を宣言した南部諸州が構成した国)の認知を拒否し、脱退を違法だと宣言。和平協議も失敗し、1861年4月、南軍はサウスカロライナ州サムター要塞を攻撃し、戦端が開かれる。
リンカーンは最高司令官として直接戦争を指揮。戦時中の1862年に奴隷解放宣言を行う。
1863年7月のゲティスバーグの戦いで北軍が大きな勝利を収め、リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政治」で有名な「ゲティスバーグ演説」を行う。
1865年4月、南軍は降伏。その6日後、リンカーンは観劇中に拳銃で撃たれ、翌朝エイブラハム・リンカーンは56年の生涯を閉じた。
Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)
エイブラハム・リンカーンの名言・格言集
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エイブラハム・リンカーンの演説
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エイブラハム・リンカーンの名言(1)
あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ。
こちらに五分の理しかない場合には、どんなに重大なことでも、相手に譲るべきだ。
こちらに十分の理があると思われる場合でも、小さいことなら、譲った方がいい。
そのことはできる、それをやる、と決断せよ。
それからその方法を見つけるのだ。
もし、木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう。
君の決心が本当に固いものなら、もうすでに希望の半分は実現している。
夢を実現させるのだという強い決意こそが、何にもまして重要であることを決して忘れてはならない。
細道で犬に出会ったら、権利を主張して咬みつかれるよりも、犬に道を譲った方が賢明だ。
たとえ犬を殺したとて、咬まれた傷は治らない。
私の歩みは遅いが、歩んだ道を引き返すことはない。
自己の向上を心がけている者は、喧嘩などする暇がないはずだ。
おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよ喧嘩はできなくなる。
人間は、たとえ相手が自分の一番関心のある目標に導いてくれる指導者であっても、自分の気持ちを理解してくれない者には、ついて行かない。
人格は木のようなものであり評判はその影のようなものである。
影とは、我々が人の性格をどう思うかということであり、木こそが本物である。
待っているだけの人達にも何かが起こるかもしれないが、それは努力した人達の残り物だけである。
直接会って話すのが、お互いの悪感情を一掃する最良の方法である。
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エイブラハム・リンカーンの演説
1863年11月19日、ゲティスバーグ国立戦没者墓地の奉献式で行われた「ゲティスバーグ演説」は、わずか2分ほどの演説であったが、自由と平等の原則を表現することに成功し、米国の生存のために戦い、命を落とした人々の栄誉を誇らかに称えている。米国史上最も重要な演説の一つと評価されている。
「ゲティスバーグ演説」
- 演説の全文 -
87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、人はみな平等に創られているという信条にささげられた新しい国家を、この大陸に誕生させた。
今われわれは、一大内戦のさなかにあり、戦うことにより、自由の精神をはぐくみ、自由の心情にささげられたこの国家が、或いは、このようなあらゆる国家が、長く存続することは可能なのかどうかを試しているわけである。
われわれはそのような戦争に一大激戦の地で、相会している。われわれはこの国家が生き永らえるようにと、ここで生命を捧げた人々の最後の安息の場所として、この戦場の一部をささげるためにやって来た。われわれがそうすることは、まことに適切であり好ましいことである。
しかし、さらに大きな意味で、われわれは、この土地をささげることはできない。清めささげることもできない。聖別することもできない。足すことも引くこともできない、われわれの貧弱な力をはるかに超越し、生き残った者、戦死した者とを問わず、ここで闘った勇敢な人々がすでに、この土地を清めささげているからである。
世界は、われわれがここで述べることに、さして注意を払わず、長く記憶にとどめることもないだろう。しかし、彼らがここで成した事を決して忘れ去ることはできない。
ここで戦った人々が気高くもここまで勇敢に推し進めてきた未完の事業にここでささげるべきは、むしろ生きているわれわれなのである。われわれの目の前に残された偉大な事業にここで身をささげるべきは、むしろわれわれ自身なのである。
それは、名誉ある戦死者たちが、最後の全力を尽くして身命をささげた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわれが一層の献身を決意することであり、これらの戦死者の死を決して無駄にしないために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれがここで固く決意することである。
※上記の和訳は米国大使館によるものです。
エイブラハム・リンカーンの本・関連書籍
政敵を巧みに操り、合衆国分裂の危機を乗り越えた稀代の大統領の知られざる政治手腕と人物像を描く決定版評伝。生い立ちから弁護士時代を経て、揺るぎない信念で政界進出を果たし、かつて指名選で戦ったライバルを懐柔して協力を得ながら、民主党に対抗、一八六〇年一一月に第一六代大統領に選出されるまでの日々が克明に描かれる。
リンカーンの演説集
アメリカはなぜ戦争をするのか?すべては南北戦争から始まった。軍人に代わってリンカーン大統領が自らモールス電信を駆使して指揮した南北戦争こそ、アメリカの戦争の原型である。
エイブラハム・リンカーンの名言・言葉の一覧
| No. | エイブラハム・リンカーンの名言一覧 |
|---|---|
| 1 | あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ。 |
| 2 | こちらに五分の理しかない場合には、どんなに重大なことでも、相手に譲るべきだ。こちらに十分の理があると思われる場合でも、小さいことなら、譲った方がいい。 |
| 3 | そのことはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ。 |
| 4 | もし、木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう。 |
| 5 | 君の決心が本当に固いものなら、もうすでに希望の半分は実現している。夢を実現させるのだという強い決意こそが、何にもまして重要であることを決して忘れてはならない。 |
| 6 | 細道で犬に出会ったら、権利を主張して咬みつかれるよりも、犬に道を譲った方が賢明だ。たとえ犬を殺したとて、咬まれた傷は治らない。 |
| 7 | 私の歩みは遅いが、歩んだ道を引き返すことはない。 |
| 8 | 自己の向上を心がけている者は、喧嘩などする暇がないはずだ。おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよ喧嘩はできなくなる。 |
| 9 | 人間は、たとえ相手が自分の一番関心のある目標に導いてくれる指導者であっても、自分の気持ちを理解してくれない者には、ついて行かない。 |
| 10 | 人格は木のようなものであり評判はその影のようなものである。影とは、我々が人の性格をどう思うかということであり、木こそが本物である。 |
| 11 | 待っているだけの人達にも何かが起こるかもしれないが、それは努力した人達の残り物だけである。 |
| 12 | 直接会って話すのが、お互いの悪感情を一掃する最良の方法である。 |
| 13 | 敵が友となる時、敵を滅ぼしたと言えないかね? |
| 14 | 日夜大きなプレッシャーがあるのです。笑わなければ死んでしまうでしょう。 |
| 15 | たいていの人は災難は乗り越えられる。本当に人を試したかったら、権力を与えてみることだ。 |
| 16 | こうして人間に生まれてきたからには、やはり何か生きがいが感じられるまで生きている義務があろう。 |
| 17 | この悲しい世界では、不幸は皆に訪れる。その場合、ひどい苦しみを伴うことがある。完全に癒すことができるのは、時をおいて他にはない。 |
| 18 | もし最後の結果が良ければ、私に浴びせられた非難などは全く問題ではない。ただし、最後の結果が悪ければ、たとえ十人の天使が私を弁護してくれたところで、何の役にも立ちはしない。 |
| 19 | 何歳まで生きたかは重要ではない。いかにして生きたかが重要だ。 |
| 20 | 今日責任から逃れることによって、明日の責任から逃れることはできない。 |
| 21 | 今日出来ることを、明日に残すな。 |
| 22 | 事を成し遂げる秘訣は、ただ一つの事に集中することにあり。 |
| 23 | 自分でできることやすべきことをその人の代わりにしてあげても本当の助けにはならない。 |
| 24 | 準備しておこう。チャンスはいつか訪れるものだ。 |
| 25 | 相手を動かそうとする時には、心のこもった、押しつけがましくない説得の手を用いるよう心がけることだ。「一ガロンの苦汁よりも一滴の蜂蜜を用いたほうが多くの蝿がとれる」ということわざは、いつの世にも正しい。人間についても同じことがいえる。 |
| 26 | 大統領にしても、靴磨きにしても、世のため、人のために働く公僕だ。世の中に卑しい業というものはない。ただし、心の卑しい人はいるものだが。 |
| 27 | 誰かが成功をおさめることが出来たということは、他の人にも同じ事ができるという証明である。 |
| 28 | 馬の行きたい方向に馬を走らせるには手間も労力も要らない。 |
| 29 | 40歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たなくてはならない。 |
| 30 | 大抵の人々は、自分で決心した程度だけ幸福になれる。 |
| 31 | もし相手を自分の意見に賛成させたければ、まず諸君が彼の味方だとわからせることだ。これこそ、人の心をとらえる一滴の蜂蜜であり、相手の理性に訴える最善の方法である。一旦これが獲得できると、こちらの意見を認めさせるのに、大して手間はかからない。 |
| 32 | 悪魔は招かれぬ所へは出向かぬ紳士である。 |
| 33 | 経験的に、悪徳を持たない者は美徳をほとんど持っていない。 |
| 34 | 私は一つの痛切な願いを持っている。それは、私がこの世に住んだがゆえに、少しだけ世の中が良くなったということが認められるまでは、生きていたいということだ。 |
| 35 | 他人の自由を否定する者は、自らも自由になる資格はない。 |
| 36 | 投票は銃弾よりも強い。 |
| 37 | 捕まえたときに、追いかける楽しみは終わる。 |
| 38 | 主は平凡な顔立ちの者を好むのだ。それゆえにそういう顔をたくさん造られたのだ。 |
| 39 | 一部の人たちを常に、そしてすべての人たちを一時だますことはできるが、すべての人たちを常にだますことはできない。 |
| 40 | 抗議しなければならない時に沈黙で罪を犯すのは臆病者だ。 |
| 41 | 私の祖父がどんな人だったか知らないが、彼の孫がどんな人になるかにはとても感心がある。 |
| 42 | 私は厳格な公正よりも情けの方がより豊かな果実を実らせるといつも感じている。 |
| 43 | 象の後ろ足を捕まえて、象が逃げ出そうとしたなら、行かせてやるのが一番だ。 |
| 44 | 武力はすべてを征服する。しかし、その勝利は長続きしない。 |
| 45 | 未来の一番いいところは、一度に一日しかやってこないことだ。 |