ダーウィンの名言・格言




ダーウィンの名言・格言

ダーウィンの名言には「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである」、「一時間の浪費をなんとも思わない人は、人生の価値をまだ発見してはいない」などがあります。
種の形成理論を構築したチャールズ・ダーウィン(1809~1882)の名言をご紹介します。

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ダーウィンの生涯

氏名 チャールズ・ダーウィン
英語名 Charles Darwin
生年月日 1809年2月12日
没年月日 1882年4月19日
享年 73(歳)
国籍 イギリス
出生地 イングランドのシュロップシャー州シュルーズベリー
職業 生物学者、地質学者
名言 生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。

1809年2月12日、チャールズ・ダーウィンはイングランドのシュロップシャー州の裕福な医師の家庭に次男として生まれる。

子どものころから博物学的趣味を好み、植物、貝殻、鉱物の収集を行っていた。

1825年、16歳のときにエディンバラ大学に入学して医学を学ぶ。しかしアカデミックな内容の退屈な講義になじめず、大学を中退。

父はダーウィンを牧師にするためにケンブリッジ大学神学部に入れる。ダーウィンは牧師なら空いた時間の多くを博物学に費やせると考え父の提案を喜んで受け入れた。

しかしダーウィンはケンブリッジ大学でも必修ではない博物学や昆虫採集に傾倒。

1831年、22歳で大学を卒業すると、恩師の紹介で英国海軍の測量船ビーグル号に乗船することになる。ダーウィンの任務は各地の地質、動植物の調査。

ビーグル号は1831年12月に英国を出航。南米、ガラパゴス諸島、ニュージーランド、オーストラリア、ケープタウンなどを経て、1836年10月に帰着。

ダーウィンはビーグル号での5年におよぶ調査から、種が独立して創られ、それ以来不変であるという考えに疑問を感じ、種の変化に関する研究を続ける。

1838年、29歳のダーウィンは「厳しい自然環境が、生物に起きる突然変異を選別し、進化に方向性を与える」という自然選択説に到達。その証拠を集めるため20年にわたり調査を継続する。

1858年、英国の生物学者アルフレッド・ウォレスから同じアイディアの小論を受け取ったことをきっかけに、二人の小論を共同発表。

翌年発表した『種の起源』において、すべての生物種が共通の祖先から長い時間をかけて、自然選択により進化したことを明らかにする。

ダーウィンの自然選択説は現在でも進化生物学の基盤の一つであり、生物多様性に一貫した理論的説明を与えている。

1882年4月19日、チャールズ・ダーウィンは死去、73年の生涯を閉じた。

Wikipedia(日本語) / Wikipedia(英語)


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英語の名言・格言【ダーウィン】

ダーウィンの名言


一時間の浪費をなんとも思わない人は、人生の価値をまだ発見してはいない。

- ダーウィン -


生き残る種とは、最も強いものではない。
最も知的なものでもない。
それは、変化に最もよく適応したものである。

- ダーウィン -


有利な個々の変異を保存し、不利な変異を絶滅すること。
– これが自然淘汰である。

- ダーウィン -


無知というのは、しばしば知識よりも確信に満ちている。
科学によってこれやあれやの問題を解決することは絶対にできないと主張するのはきまって知識がない人である。

- ダーウィン -


私は名声を得るために自分の道から1インチなりともはずれたことはなかった。

- ダーウィン -


私は、できるだけ一生懸命に、できるだけよくやったのだ。
誰もこれ以上にはできない。

- ダーウィン -


この理論が受け入れられるのには種の進化と同じだけの時間がかかりそうだ。

- ダーウィン -


愚者の実験が好きで、私は常にそれを行っている。

- ダーウィン -


科学者は希望や愛情を捨てて、石の心を持つべきだ。

- ダーウィン -


原因を探求し続ける力が、人を発見者にする。

- ダーウィン -


ブランデーを飲んで酔っ払ったことのあるアメリカザルは、もう二度とそれに手をつけようとはしない。
人間よりはるかに頭がいいということだ。

- ダーウィン -


死ぬことは、ちっとも怖くない。

- ダーウィン -


おわりです。

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ダーウィンの本・関連書籍



『種の起源〈上〉』(ダーウィン)
『種の起源』は専門家向けの学術書ではなく、一般読者向けに発表された本である。名のみ知られるばかりで、その内容については多くを語られることのなかったこの歴史的な書を、画期的に分かりやすい新訳で贈る。 進化学はすべての生物学の根幹をなしている。そしてそのすべてのルーツは『種の起源』初版にあるのだ。端緒を開いたダーウィンの偉業、それは進化の研究を科学にしたことと、進化が起こるメカニズムとして自然淘汰説を提唱したことにある。



『ビーグル号世界周航記――ダーウィンは何をみたか』(ダーウィン)
1831年、英海軍の測量船ビーグル号に同乗したダーウィンが南米大陸沿岸や南太平洋諸島で目にした世界の驚異。進化論へと結実する着想を得た調査記録『ビーグル号航海記』はこの旅で誕生した。その記念碑的著作から動物・人類・地理・自然の記述を抜粋、細密な銅版画を豊富に交えて再編集。『航海記』のエッセンスを凝縮し、世界で愛された一冊。



『ダーウィンのミミズの研究』(新妻昭夫)
ダーウィンがミミズの研究を始めたのは、1837年、彼が28歳のときだった。それ以来、だれもが知っている、でもだれも注目しないこのちっぽけな生き物を観察、実験を積み重ねたのだった。 ロンドン郊外のダウン村に家族とともに引っ越ししたダーウィンは、家の裏庭につづく牧草地の一角に、白亜の破片をばらまくことからその実験を始めた。ミミズが土を食べて、土のフンをする、そうやって白亜の破片を埋めていくのを証明してみようというのだ。 午前7時の起床から夜10時半の就寝まで、食事、研究、散歩と、ダーウィンは同じ時間に同じことをくりかえす。こうして29年、白亜の破片をばらまいた場所を掘ってみた。すると、地表から17.5センチのところに白亜のすじを見つけたのだった。やっぱり、ミミズは地球の表面を耕していたのだ ダーウィンは進化論を唱えた。同時に、ミミズの研究に生涯を捧げた人だった。


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ダーウィンの名言・言葉の一覧

No. ダーウィンの名言一覧
1 有利な個々の変異を保存し、不利な変異を絶滅すること - これが自然淘汰である。
2 無知というのは、しばしば知識よりも確信に満ちている。科学によってこれやあれやの問題を解決することは絶対にできないと主張するのはきまって知識がない人である。
3 生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。
4 私は名声を得るために自分の道から1インチなりともはずれたことはなかった。
5 私は、できるだけ一生懸命に、できるだけよくやったのだ。誰もこれ以上にはできない。
6 死ぬことは、ちっとも怖くない。
7 原因を探求し続ける力が、人を発見者にする。
8 愚者の実験が好きで、私は常にそれを行っている。
9 科学者は希望や愛情を捨てて、石の心を持つべきだ。
10 一時間の浪費をなんとも思わない人は、人生の価値をまだ発見してはいない。
11 ブランデーを飲んで酔っ払ったことのあるアメリカザルは、もう二度とそれに手をつけようとはしない。人間よりはるかに頭がいいということだ。
12 この理論が受け入れられるのには種の進化と同じだけの時間がかかりそうだ。

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