連載コラム「猫の名言」
日本初のプロ民族音楽演奏家でもあり、福岡猫の会で病気の保護猫たちの看病を続けられてきた若林忠宏氏による連載コラム。
猫や人間に関する世界の名言を紹介しながら、猫たちとの生活のなかで筆者が体験したことや気づかされたことをつづります。
ごあいさつ 筆者:若林忠宏
猫に捧げる猫についての言葉、私たち人間の為の猫の言葉、
初めまして。
民族音楽演奏家の若林忠宏と申します。この度ご縁をいただき「癒しツアー」さまで連載コラムを書かせていただくことになりました。「演奏家」は、表看板で、その実は、我が家に6頭、近所のシェルターに数十頭の猫たちの「家政婦、介護人」が正体のような暮らしをしています。どうぞ宜しくお願い致します。
私は、物心ついた時には、目の前に猫やワン子やアヒルや孔雀、たくさんの生き物が住んでいる、近所でも有名な、かなりおかしな家で育ちました。
俳優・演出家だった父親が自然や生き物が大好きな人だったからです。父の地方公演の時は一二ヶ月。母と私が飼育係でした。小学校でも万年飼育係でしたが。
ところが父が海外の演劇祭に出るために年に何度も長く家を空けるようになって、すっかり皆手放してしまったころ、ほんの数年、妹がもらって来た猫と、その子が生んだ猫たちと暮らしましたが、私は既に音楽に目覚めていて、学校が終われば仲間との練習や音楽談義に明け暮れていました。
同じ頃、母は新築の家に猫たちを入れなくなり、軒下でご飯を食べさせていました。私は、後ろ髪を引かれる想いを振り切り、「寒いよ!入れてよ!」の声に耳を塞いで町へと出掛けて行ったのでした。
それから25、6年。民族音楽という比較的マイナーな音楽でしたが、第一人者と呼ばれるようになって、気持ちが一段落ついたころに、音楽のお弟子さんが「一晩だけ預かって!」と捨て子猫を連れて来たのです。
たったの一晩で、子どものころのことや、思春期に見捨てた子たちのことが猛烈にこみ上げて来て。翌朝にはその子を手放せなくなっていて、今日の数十頭にまで至るのです。
一部はショップ売れ残りですが、ほとんど皆、捨て子猫、野良子猫なので、病気の無い子は大分里子に出しましたが、何かしら不治の感染症を持っている子が多く。もう十頭以上看取りました。
猫たちに囲まれて暮らすようになって、本が何冊も書けそうなほどたくさんの発見や学び、思い直しや自戒がありますが………………….。
それまでの人生と一番大きく変わったことが、「言葉」についての考えです。
初めは、とても不思議な感覚でした。何故なら猫は人間の言葉を喋らないのですから。当たり前のことですが。
毎日毎日一日中猫たちと見つめ合い、「うにゃあお」の声を聞きながら、その想いや心を分かろうとしているからかも知れませんが。逆に、私が何かを猫たちに言う時。人間に対してよりも遥かに「言葉」というものを考えるようになっていたのです。
それはきっと、猫には先に心が伝わっているからなのでしょう。だから「嘘の言葉は言えない」。そう思えば、今まで何も考えずに発していた「言葉」を一瞬確かめるようになりました。そして、同じ意味ならば、一番良い「言葉」を発しようとか、偽りの無い心とセットで一番猫たちの心に残る「言葉」を伝えよう。と、自分の心も昔よりよく考えるようになっていったのです。
それでも新たな気づきと発見の、まだまだ勉強の日々ですが、そんな「猫の言葉」の数々から、「これは是非!」という「言葉」をみなさまにお伝えできれば、とても幸いです。
最後までお読みくださってありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いいたします。
若林忠宏
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