自分らしくあれることの幸せ – 連載コラム「猫の名言」




猫の名言
photo: Lottie

連載コラム「猫の名言」

日本初のプロ民族音楽演奏家でもあり、現在「福岡猫の会」で病気の保護猫たちの看病を続けられている若林忠宏氏による連載コラム。猫や人間に関する世界の名言を紹介しながら、猫たちとの生活のなかで筆者が体験したことや気づかされたことをつづります。(「猫の名言」TOPページはこちら
 


Vol. 42 「自分らしくあれることの幸せ」

 
犬と暮らして思う幸せ。廊下で出合った時、立ち止まって尻尾を振り待っていてくれる時。猫と暮らして思う幸せ。廊下で出合った時、何事も無かったかのようにすれ違う時。

自作
 

 何時もご高読ありがとうございます。
 本日は、僭越ながら自作の一言です。名言でなくてごめんなさい。

 
 何度か申し上げていますが、私は犬派・猫派という括りでいうならば、どちらでもありません。
 
 ワン子とも何度も暮らしましたし、猫達に紛れてワン子が居たこともあります。見初めて下さった方が「どうしても」と言ってくれたので里子に出しましたが。

 なので、この連載の「ネタ」である、世界の著名人、歴史的偉人の「猫の名言」の中に、「猫賛美」のみならず、少なからずワン子をけなしているような言葉には、少し哀しい気分にもなるほど、分け隔てなく思っているつもりです。

 
 正確に言いますと、全く異なった感覚ですから「分け隔てなく」というのは異なるかも知れません。

 幼稚な例えで恐縮ですが、「お味噌汁」も「インド・カレー」もどっちも大好き!という感じです。和印折衷の「カレーうどん」などは、アジア史に誇る大発明だと絶賛したいと思います。
 ですが、「カレーうどん」や「カレーライス」に「お味噌汁」は要らないし、魚の煮付けに冷や奴があって「お味噌汁」がある時に、「カレーも!」「カレーうどんも!」とは思わない。
 
 
 だからと言って、「日本人なら毎日三食味噌汁だ」の「味噌汁派」と、「週に五回はカレーを食べないと気が済まない」とおっしゃる「カレー派」が、意見をぶつけ合う姿があったとしても、どちらにも哀しい気分を感じるのと同じ感覚を、「猫派 vs 犬派」の様子や、愛猫家の著名人の犬をけなす言葉や、愛犬家の猫嫌いの話し(アイゼンハワー大統領は、敷地に猫が入るとライフルを取り出したとか?)に抱いてしまうのです。

 
 とは言いつつ、別な角度からこのテーマを考えた時。著名人の「猫派が語る猫と犬の比較」の文言の中には、「猫賛美・犬けなし」ではない何かを発見することも多く在ります。

 それは、人間に自然に備わっている「タイプ」というものに対する、猫と犬を通して感じ理解した「人間観察」である場合です。 そしてその根底に、犬、猫のみならず、人間に対する「愛情」を文言の作者の真意に感じる時です。

 そのような文言と出合うと、何れもが二つの大きな大切なテーマを含んでいることに気づかされます。

 ひとつは「人間のタイプ(傾向)と選択した行為の向き不向き」というテーマであり、もうひとつが「自尊心、アイデンティティー、ステイタス」というテーマです。

 
 「犬派」「猫派」という嗜好の問題ではなく、そもそも人間には「猫的な人」と「犬的な人」が居て、本質的な性格が、恐らくどちらかに偏っている。

 そこに加えて、年代、時期、その時々の調子によっても変わるし、家の外の世界での出来事の影響も加わる。

 しかし、実際の社会人としての立場は、必ずしもその本質と見合っているとは限らない。それから生じる様々な弊害の対処法がひとつめのテーマなのです。 

 もの淋しく、人恋しいような時に、ワン子の存在は有難いでしょうし、愛猫家の場合でも、珍しく猫がすり寄って来てくれると救われることがあるでしょう。
 逆に、猫がつれないと一層悲しくなるかも知れませんし、「今日は独りで居たい」という時に、ワン子が尻尾を振ってご機嫌を伺っていると少し辛くなるかも知れません。

 それでも幸いにして、余程のことではない限り、猫もワン子も「根に持たない」性質ですから、「今日は放っておいてね!」と言っても大丈夫と思います。

 逆に、もうひとつのテーマ、「自尊心とアイデンティティーとステイタス」で、接してしまうことは、猫のみならず、ワン子にとっても、いささか不幸なことかも知れません。

 
 体調や、時代、時期、様々な事柄の巡り合わせ、その日一日の外の社会での出来事、ストレスなどなど………。
 それらから自然に生じる気分・感情や、反応的なものが出てしまうことは、如何ともし難いことです。しかし、その多くは猫もワン子も許してくれるし、玄関開けて入って来た時に、もうちゃんと分かってくれているかも知れないのです。

 それどころかもしかしたら、帰り道、家に近づくにつれて既に感じ取ってくれているかも知れません。なので、素直に接していれば、何も問題ないかも知れませんし、お互いに、そのようなものに対して「素直であること」「無理に気を使わないこと」が「伸び伸び一緒に暮らせる」基本かも知れません。

 
 ところが、日々の変化がどうであろうとも、日常的・継続的に、基本の意識がずっと同じであると、猫もワン子もその心が偏って固まってしまうことがあるようなのです。

 そもそもそのような状態は、飼い主(オーナー/家族)である私たち自身が、「偏って固まっている」のですから、その内容が何であれ、「伸び伸び」ではないですし、「心が枝葉のようにたなびく」自然な状態ではないのですから、当然、家族は大きくその影響を受けてしまいます。

 この後者のテーマは、私も20年以上、音楽レッスンとそれから発展したメンタルセラピーのお仕事で、様々な苦悶と挫折を繰り返し、また励まされ、感謝されて学んで来た、大きく深いテーマなので、端的には語れませんが………。
 
 それでもひとつ言えることは、外の社会で何があろうとも、我が家では「自分を取り戻す」こと。その座標に猫やワン子が存在しているならば、「きっと大丈夫」ということです。

 外で気疲れしたり、失敗したり、嫌な事が多くても。
 玄関開けて廊下を歩くと、ワン子が尻尾を振って待って居る。
 そこで「ニュートラル」のスウィッチが入って、「ほっと」して、微笑ましくも有難いと思う。
 
 一方の猫の場合。その実は「あっ!帰って来た!」と嬉しい時でさえ、「おかえりなさい!」と戯れて来る訳でもなく、何喰わぬ顔で廊下ですれ違う。

 実際、出迎える気など全く無い場合もありますが、その気があったとしても「同じ素振り」。
 でも、考えようによっては、お互い気を使わず、伸び伸びと出来ますから、むしろ「そっけない」ことも有難い。
 
 ワン子も猫も、どちらの場合もスタイルは異なれど、私たち自身が自分を取り戻すことを助けてくれるのであるならば、誠に感謝感激、有難いことではないでしょうか。
 犬派であろうと猫派であろうと。 その掛け替えの無い存在、有難さに気付いた時、感謝と幸せを感じるのではないでしょうか。

 
 最後までお読みくださってありがとうございます。

 
 民族音楽演奏家/福岡猫の会代表: 若林忠宏


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著者紹介(若林忠宏氏)

「福岡猫の会」




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