連載コラム「猫の名言」
日本初のプロ民族音楽演奏家でもあり、現在「福岡猫の会」で病気の保護猫たちの看病を続けられている若林忠宏氏による連載コラム。猫や人間に関する世界の名言を紹介しながら、猫たちとの生活のなかで筆者が体験したことや気づかされたことをつづります。(「猫の名言」TOPページはこちら)
Vol. 16 「自己責任に生きる猫」
すべての神の創造物の中で、唯一縄の奴隷にならないものがいる。それは猫だ。もし人間が猫と交配出来たなら、人間は進歩するだろうが、猫は退廃してしまうだろう。
Mark Twain (マーク・トウェイン 米小説家 / 1835~1910)
マーク・トウェインも愛猫家として知られ、なんと11頭も居たと言われます。
この言葉も、かなり含蓄のある言葉ではないでしょうか。
「縄の奴隷」とは、「捕らえて意のままにする」という意味と思われます。なので、カブトムシにも、池の鯉や鮒にも縄も紐も着けられませんが、捕らえて飼育することは可能です。しかし、猫は、まるで家族のように共に暮らしながら、猫と私たちの関係は、犬のような「主従関係」には至らないのです。下手をすると私たちの方が「下僕」のようでさえあります。
そして、トウェイン氏が続けて述べたことは、「人間と猫の交配種は、人間を上回るが、猫を下回る」という意味と思われます。
つまり、猫は「自律の自立によって、真の自由を勝ち得た」ということであり、それによって「猫は人間を上回る」と説いているのでしょう。
何故そこまで言いきれるのか? もちろんトウェイン氏の真意は分かりません。しかし、述べさせていただいたのには、それなりの根拠があるのです。
それは、トウェイン氏没後、世界はふたつの世界大戦を体験し、二度も敗戦国となったドイツの心理学者エーリッヒ・フロムが第二次大戦後、ナチスを標榜して戦争に至ったドイツ国民の心理を説いた著書『自由からの逃走(1949)』の中で、自由についてこう述べているからです。(要約です)
「自由は、孤独と責任を引き受ける覚悟の自発性、自主性でのみ得られる」と。
流石に「猫に責任感があるか?」ということは疑問ですが、そもそも「責任」というものは、群棲の形である社会にて、他者との関係において発生するものですから、無理矢理「責任」という概念を猫に当てはめるならば、群棲社会に頼らず生きる猫は、「すべて自己責任」ということになるのです。
フロムの提言は、その後のドイツ憲法(正確には暫定的な基本法)で「自由からの逃走の禁止」と明言されるに至っています。「自由からの逃走」とは、「孤独と責任を負うこと」から逃げたことが、ナチスの台頭を許したという、非常に厳しい反省から生まれたものです。
それらのことをひっくるめて考えると、フロムの格言的な言葉、
「自由は、孤独と責任を引き受ける覚悟の自発性、自主性でのみ得られる」
は、まさに猫の生き様そのものと言えるのです。
もっとも、「猫の自己責任」に関しては、鼠番をしていた頃の昔の家猫や野良と、今日の家猫とでは大きく変わっていると思います。昔の家猫や野良は、自分の腕前、勘、判断力、決断力次第で、その日のご飯にありつけた訳で、まさに過酷な「自己責任」の日々でした。それに比べ、今の家猫は、他の子の分まで横取りしては食べ過ぎでお腹を壊したり、食後にがぶがぶ水を飲み過ぎて嘔吐したり、自分の体とメチャ喰いにさえも無責任な子さえいますので。
最後までお読みくださってありがとうございます。
民族音楽演奏家/福岡猫の会代表: 若林忠宏
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