猫の時間 – 連載コラム「猫の名言」




猫の名言
photo: Eriel Al Dasaïd

連載コラム「猫の名言」

日本初のプロ民族音楽演奏家でもあり、現在「福岡猫の会」で病気の保護猫たちの看病を続けられている若林忠宏氏による連載コラム。猫や人間に関する世界の名言を紹介しながら、猫たちとの生活のなかで筆者が体験したことや気づかされたことをつづります。(「猫の名言」TOPページはこちら
 


Vol. 19 「猫の時間」

 
美学的に完璧なものが世の中に二つある。時計と猫だ。

Emile-Auguste Chartier (エミール=オーギュスト・シャルティエ 仏哲学者 / 1868~1951)
 

 中世の実在の詩人アラン・シャルティエにちなんで、「アラン」のペンネームで「幸福論」などを著わしたことで知られる哲学者であるとともに、モラリストとしても知られ、ある意味で近現代の価値観に通じるヒューマニストであるとも思われます。

 ですが、実際は、帝政フランス末期に生まれ、激動の時代を経て、ふたつの大戦を体験した83年の生涯でした。

 一貫して教育の現場に立ったことでも知られる人物でありながら、何故か彼が「美学的な完成品」と崇めるのが、「猫と時計」。やはりここにも何か深い想いが感じられます。
 
 もちろん、単純に「見たまま」、アランの「個人的好み、見解」を述べただけかも知れず、「猫」と「時計」には、直接の関係は無いのかも知れません。
 フランスで時計と言えば、アランの本名「Chartier」から「h」を取った「Cartier」が有名ですが、カルティエの初代から三代目迄がアランの生涯と重なります。アランもまた、「名匠が命を込めた芸術品」に心を奪われていたのかも知れません。

 が、私は、むしろ「猫」と「時計」は、深く関わっているからこそ、アランは並べて語ったのだろう、と思えてならないのです。
 
 それを深く思わせるのが、アランの様々な名言です。

 おそらく多くの人々が、彼の名言を、後世の「ポジティヴ思考(指向)」の原点のように解釈するのだろうと思われます。ところが、私は、彼の次の言葉に彼の真意と信念を感じるのです。

 
 「どちらに転ぼうとかまわないという日和見を決め込んで、

 ただドアを開け、幸福が迷い込んで来るのを待っているだけでは……….

 やってくるものは哀しみだけである」

 
 また、このような文言もあります。

 
 「戦いを自分の意志で行うのであるならば…….

 困難であるほどその勝利は喜ばしいものである」

 
 つまり、アランの真意は、「くよくよしない」「何事も良い風に捕らえよう」的な「ポジティヴ思考(指向)」の原点ではなく。

「自分の意思で行動を起こし、貫いてこそ、得るものがある」

ということのようなのです。言わば「アクティヴ思考(指向)」なのでしょうか。

 それをもっと明確に示す彼の言葉には

 「何もしない人間は、何も愛することが出来ない」

 があります。 

 また、彼は第一次世界大戦が勃発すると46歳になっていたにも拘わらず志願し、自ら前線に赴いたといいます。それは「国を守る」とか「敵をやっつける」という感覚ではなかったらしく、むしろ、戦後著わした著書では、戦争の「愚劣さ」を綴り、そうとうな批判を浴びたそう です。

つまり、「戦争の愚かさをこの目で見るために」従軍志願したのではないでしょうが、
「あれこれ言ったり、批判するならば、実際に体験すべきであろう」とは考えた可能性はあります。

もちろん、志に燃えて従軍し、挫折と幻滅を痛感したのかも知れません。

 このような、「気概と志を強く抱いた人物」を思わせる逸話に、表題の格言を重ねて考えてみましょう。
 
 「美学的に完璧」という意味が、アランほどの人にとっては、「見栄え、見たくれ」ではないことは、容易に察することが出来ます。しかも、彼は自らの人生を「教育」に捧げた人物です。「自らを育て、奮い立ち、そして行動せよ」と子どもや若者に説いて来たに違いありません。

 「まるで、止まったら死ぬ鮫のようだ」という表現が、その当時のフランスにあったかどうかは分かりませんが、もしあったならば、人々はアランをそう評したに違いありません。そして、アランから見れば、「日和見の待ちぼうけ」は、「既に死んでいるかのようだ」と見えたのではないでしょうか。
 
 つまり、
 彼にとって「時計=時」は、「命」の象徴なのではないでしょうか。

 そう思えば、「時計」は、その「命」を、冷たくもなく、温かくもなく、ただただ寡黙に真摯に刻み続けています。
 
 そして、「猫」は、見事に「それ」を分かり、
 やはり、寡黙に真摯に自分の意思で行動し貫いているのです。

 なぜならば、
 猫は、「生きる」ということと、「時」ということに対し、常に真剣に向かい合っているからです。

 「ほとんど寝ているじゃないか!」
 と思われがちですが、

 それも、「この上も無い心地よいひととき」を満喫している時間かも知れず、
 体中の働く細胞たちと休む細胞たちの心と向かい合っているのかも知れません。

 アランの想いの象徴が「猫と時計」であるからこそ、
 その姿は「美しい」という想いと言葉に通じるのではないでしょうか?

 
 最後までお読みくださってありがとうございます。

 
 民族音楽演奏家/福岡猫の会代表: 若林忠宏


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