連載コラム「猫の名言」
日本初のプロ民族音楽演奏家でもあり、現在「福岡猫の会」で病気の保護猫たちの看病を続けられている若林忠宏氏による連載コラム。猫や人間に関する世界の名言を紹介しながら、猫たちとの生活のなかで筆者が体験したことや気づかされたことをつづります。(「猫の名言」TOPページはこちら)
Vol. 46 「神としての猫、猫を通しての神」
古代、猫は神として崇められていた。そのことを猫は忘れていない。
(不詳)
今回の名言は、当連載50編の中でも、私的に最も意味深いものではないか、と想っています。しかし、残念ながら詠み人知らずです。
確かに猫は、古代エジプトの古王朝の頃には神、もしくは神の使徒として崇められていました。しかし、古代エジプト新王朝の頃には既に「愛玩動物」に変化しています。
また、西アジアや中央アジアでは犬より猫の方を圧倒的に優遇する民族が殆どです。故に、古代エジプトで「神/神の使徒」であった頃、古代メソポタミアでも同様であったのだろうと容易に推測出来ます。
その二つの古代文明の土壌から、後にユダヤ教、キリスト教、イスラム教が興り、いずれも旧約聖書に基づくか、大きな基礎をそれに見出すことが出来ます。が、そこには「猫は神」と明言する記述は見当たりません。
その一方で、古代エジプトでも、古代メソポタミアでも、またその後の地中海東部の今日、紛争が絶えないシリア北部や、今日のトルコ共和国の大部分を占めるアナトリア半島でも、「猫の神」もしくはそのイメージを継承する「スフィンクス」の類いと共に「或る種の神」であり、時には「魔神」の象徴であったのが、動物学的に見ても「猫の最大の天敵」である「蛇」でした。 神話にもしばしば登場し、石彫にも「蛇」が奉られていた痕跡が見られます。
文献で辿ることが出来る歴史の中では、「猫の存在感」は、もっぱら「人間を鼠の害から守る益獣」としていますが、より昔古代や太古に於いては、「猫の天敵」は「蛇」だったのです。
表題の文言「そのことを猫は忘れていない」の証拠となるのが、「猫の威嚇の声」と「尻尾」そして、「爪パンチ」です。
「爪パンチ」に関しては、大型のネコ科のライオンやピューマ、豹、虎なども当然狩りの必要な手段ではある筈です。しかし、記録映画や動画をご覧になると分かるように、獲物を狩る時は、「爪パンチ」などする間もなく、前足で抑えた瞬間に大きな顎で喰らい付きトドメを刺します。
故に、ライオンたちも同族同士のナワバリ争い以外には「爪パンチ」は使わないとも考えられます。
「猫の威嚇の声」が「しゃー!」なのは、「蛇の声」の模倣という説があります。
「犬」は「うー ワン!」ですが、猫も「うー!」は言えるのですから、それが「最も効果的」と想えば「ワン」と威嚇するように進化した筈です。
しかし、そうではなかった。古代メソポタミアの名言? 「目には目を、歯には歯を」のように、「蛇のしゃー!」には、やはり「しゃー!」が最も有効な威嚇手段。
力が拮抗している場合、互いにその「武器」はほぼ同一になる。ということだったのでしょう。
「尻尾」は、空を飛ぶ「モモンガ」では、「尾翼」の役を果たし、「猿」たちは、「第五の手足」のように巧みに活用しますが、様々な動物に於いて、特に何の役に立たずとも持っている場合はあります。
昔の日本猫の基本のように「短尾」の猫が、木登りもジャンプも苦手であった、ということはない筈です。
ところが猫の尻尾は、興奮したり、驚いたり、威嚇する時には毛が逆立ち、1.5倍近く太く見えます。これもまた、「しゃー!」とセットの「蛇の真似」という説があります。
そして、前述の「爪パンチ」ですが、極めて高速で繰り出しては、瞬時に引っ込めるその技は、「蛇の噛み付き」と全く同じです。
「猫」が蛇に勝つ時、「爪パンチ」を敵の真上から繰り出すことが上げられます。、山猫などが蛇を仕留める時は、真上から頭を強打していますが、蛇がそれをやろうとするならば、急所の腹を無防備に晒さねばなりません。
また、蛇は、巻き付き締め付けることが出来る程の大蛇は別として、その牙ひとつしか武器がありませんが、猫は、それに見立てた二本の前足と、本来の牙のみっつも持っているのです。
なので、この条件だけですと、圧倒的に「猫は蛇より強い」と言えます。しかし、毒蛇の「ひと咬み」は猫を容易に死に至らしめますが、猫の「みっつの牙」のひと咬みでは蛇を仕留めることは出来ませんので、結局は、「生きるか死ぬか」の真剣勝負となる訳です。
尤も、猫の口内には、その猫自身にとっても強力な毒性を持つ細菌があるとも言われます。なので、猫同士の喧嘩で咬み傷があると、咬まれた部位によっては致命傷になります。
私はどうも免疫が出来たようで、しかもお医者さんが「あり得ない!」と言う程代謝が速い質らしく、普通二日目以降に腫れて「膿」が出るのが、半日でそうなり、自分で絞り出してはお医者に行かず治ってしまうようになりました。しかし、初めの二三年は、発熱で全身がだるくなったり、結構辛い思いをしましたし、治まったと思っても、脊髄や神経に潜んでいる場合もあるらしいですから、素人療法は危険とも思ってはいます。
このように、「猫と蛇」は、古代エジプトやメソポタミアに楔文字や、壁画、彫刻が生まれる前から「強力なライバル同士」だった可能性があるのです。
そして、これは幾分、ミステリー好きな人々のテーマのようでもありますが、もし古代人に二つの流派(大部族)があったとして、一方は「蛇を神と奉り」他方が「猫を神と奉る」場合、その勢力争いの中で、猫と蛇の立場が変化したことも想像出来ます。
その一方で、世界の殆どの古代宗教が、常に「二つの神々」を持っていました。
何れも西はキリスト教、中部はイスラム教、東は仏教によって改宗させられてしまい、神話に残るだけですが。
北欧神話では、「神々の住む天」の他に、「地獄とは別な神々の世界」が説かれています。インドのヒンドゥー教でもしかり。イランやメソポタミア、古代エジプトの古王朝でもしかり。しかし多くは、後の主流の神々に滅ぼされたり、地獄に落とされ「冥界の神」になったりしています。日本では、伊勢神宮の神々「アマテラス」を頂く「天津神」の他に、出雲に奉られている、元「国津神」の「オオクニヌシ」系の二つがあります(ました?)。
勿論、これらには「先住民族の神」と「後から来た民族の神」という図式が見られる場合も多くあります。
因に仏教では「別種の神々」は「阿修羅」などで、いずれも「邪悪」とされながらも、改心して仏教に帰依し、後は四天王の眷属などで仏典の守護に就きます。故に、仏様の入滅の際に、「猫は呼ばれなかった。鼠が知らせなかった。虎は呼ばれた。だから十二支に猫がない」などの話しに至る訳です。
このような、まだまだ世界的にも明らかにされていない分野に於いて、「猫と蛇」の関係や、「猫が神(や使徒)だった時代」や「猫が神でなくなった訳」などの謎があるのです。
しかし、だからと言って、表題の文言を「猫は未だに人間を僕(しもべ)と考え、自らを神だと思っている」という単純な話しではありません。
確かに猫の中には態度がデカイ子も居ますし、気付けば私たち愛猫家は、猫に振り回されっぱなしで、まるで「僕(しもべ)」のようです。ですが文言は、そういう意味ではないのです。
人間の本質に普遍的にある神に対する「本音」は、
「もし居るなら出て来て側に居ておくれ」であることは「偶像崇拝」と「それを禁じる」対峙した教義によって明らかです。より上記の「本音」の思いが強ければ、なまじ人間の作った偶像では哀しい、と後者になることはあり得ます。
つまり「偶像崇拝」も「それを禁じる教義」も、同じく「神の出現」を望んでいるという意味に於いては対立しないと言えるのです。
古代エジプトでは、ほぼ実物大からせいぜい倍ほどの大きさの猫の像が作られると共に、巨大なスフィンクスも作られました。恐らく、表題の文言でいうところの「猫=神」は、スフィンクスのような巨大な存在なのでしょう。故に、実際の猫は、またちょっと異なる意味合いがあったに違いないのです。
今日私たちの膝の上で気持ち良さそうに昼寝をしてばかりの猫の先祖は、人間が神の意志を分かろうとするために、神に強請って側に置いた、メッセンジャーなのではないか、と思えてなりません。
その理由は、この連載を通じてお話しして来ました様々なことの全てが、「自然の摂理」「運命や宿命」「樹に捕われずに森(森羅万象=宇宙)を観る(感じる、意識する)」などといったテーマに通じるからです。
そして、私のインド音楽やインド哲学、ヒンドゥー教、アラブ音楽やイスラム教の勉強はかれこれ45年になりますが、今回お話ししましたような考えに至ったのは、猫と改めて暮らすようになったこの20年のことなのです。
不思議なことに、猫の御陰で、私自身の生い立ちから人生と、学んで来た様々なことが、全て符合し習合して行ったのです。
少なくとも、私には、「最高の師匠」であることは間違いありません。
そして、私のみならず多くの人間にとって普遍的な意味で、
「神」という存在が、「願いを叶えてくれる」とか「守ってくれる」ということだけでなく。人間が学び続けることと、忘れてはならないことを思い出すために不可欠な「師」であることが真っ先に重要な意味であったならば。
人間は既に古代エジプト新王朝の頃に、それを忘れ始めたのかも知れません。
最後までお読みくださってありがとうございます。
民族音楽演奏家/福岡猫の会代表: 若林忠宏
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