ダンテの名言・格言




ダンテの名言・格言


ダンテ・アリギエーリ(1265年~1321年)

イタリア都市国家フィレンツェ出身の詩人、哲学者、政治家。イタリア文学最大の詩人でルネサンス文化の先駆者とされる。

ダンテの英語の名言へ

【 生涯 】 ⇒ 名言へスキップ

1265年、イタリアのフィレンツェに生まれる。父は金融業を営む教皇派の小貴族であった。

少年時代のダンテについての記録は乏しいが、成長の過程でラテン語の古典文法や修辞学、哲学などを学んだと考えられる。

18歳のころに哲学者・政治家のブルネット・ラティーニから修辞学や論理学などを学ぶ。

その後、ダンテはボローニャ大学に入学し、哲学や法律学、修辞学、天文学などを研究する。

13世紀当時の北部イタリアでは、ローマ教皇庁の勢力(教皇派)と神聖ローマ帝国の勢力(皇帝派)が対立。フィレンツェは教皇派に属しており、ダンテも教皇派として市政に参画。

1289年、ダンテが24歳のときにカンパルディーノの合戦にて両派の軍勢が衝突。ダンテも教皇派の一員として参加。

教皇派が勝利をおさめるも、教皇派内部においてフィレンツェの自立政策を掲げる富裕市民層から成る「白党」と、教皇に強く結びつこうとする封建貴族支持の「黒党」に分裂。

小貴族出身のダンテは白党に所属し、要職に就くようになる。

当初市政の政権を握ったのは白党であったが、1301年に黒党が政変を起こして実権を握る。

白党勢力への弾圧が始まり、ダンテも教皇への反逆や公金横領の罪に問われ、市外追放を宣告される。

こうしてダンテの流浪の生活が始まり、二度と故郷フィレンツェに足を踏み入れることはなかった。

ダンテの執筆活動はこの時から本格的に始まった。『神曲』三篇の執筆を始めたのは1307年、ダンテが42歳のころである。

ダンテは1318年頃からラヴェンナの領主のもとに身を寄せ、ようやく安住の地を得る。

1321年、ダンテは56歳のときに『神曲』の全篇を完成させる。

しかしその直後、ヴェネツィアへの長旅の途上で罹患したマラリアによりダンテ・アリギエーリは1321年9月14日に死去。56年の生涯を閉じる。

Wikipedia(日本語版) / Wikipedia(英語版)


 

ダンテの名言・格言集




ダンテの名言(1)


名言・格言

 

物事を成し遂げる秘訣は、

行動することだ!

 

- ダンテ -


名言・格言

 

お前の道を進め、

人には勝手なことを言わせておけ。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

天国への道は

地獄からはじまる。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

地獄の最も暗い場所は、

道徳的危機に臨んで

中立を保っていた人のために用意されている。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

光を与えれば、

人は自ずと道を見つける。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

わたしの針路は

未知の海へ向けられている。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

女の愛というものは、

見たり、触ったりすることによって

燃やし続けていなければ、

どれほども続かないのである。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

悪魔は絵に描かれているほど

黒くない。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

賢い人間は

時間を無駄にすることに

最も腹が立つ。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

自分の星に従え!

 

- ダンテ -


名言・格言

 

天は永遠なる栄光を示しながら

あなたの頭上を回っている。

それでもあなたは下を向いているのだ。

 

- ダンテ -


名言・格言

 

意志は意に反して

消えることはない。

 

- ダンテ -



次ページへ続きます。
 




This entry was posted in 文学界の偉人. Bookmark the permalink.