魯迅の名言・格言




魯迅の名言・格言


魯迅(1881年~1936年)

中国の小説家、思想家。代表作は『阿Q正伝』『狂人日記』。日本へ留学し医学を志すも、文化の改革の必要性を痛感して文学に転向。

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1881年9月25日、中国浙江省紹興にて、科挙官僚・地主・文人を兼ね備えた士大夫の家に生まれる。

18歳のときに南京にある理系の学校に入学。進化論をはじめ新しい思想にふれる。

1902年、21歳のときに国費留学生として日本へ留学。国の人々を救うために医学を専攻した。

1904年から仙台医学専門学校に入学。解剖学の藤野厳九郎教授は懇切丁寧に指導し、魯迅はその学恩を終生忘れなかったという。

その後、魯迅は医学より国民の精神の改造が必要であると考え、文学に転向。留学中には欧米文学の中国語への翻訳・紹介に力を注いだ。

1909年、28歳のときに帰国。

その後、魯迅は雑誌「新青年」から始まった、口語文による「新しい国語」で民衆を国民国家の成立へ向けて導こうとする文学革命運動に参加。

1918年、36歳のときに『狂人日記』を発表。1921年には「阿Q正伝」を発表した。

1920年から1926年まで、魯迅は北京大学、北京女子師範学校の講師を務めながら、短編小説や散文詩を発表。

1927年、17歳年下の教え子と上海に移り同棲、48歳のときに長男が生まれる。

1930年代の魯迅は、国民党政府によって、その作品をしばしば発禁処分にされた反体制文学者であり、彼は文学者として国民党独裁体制を厳しく批判し続けた。

1936年10月19日、魯迅は持病の喘息の発作で急逝。55年の生涯を閉じた。

Wikipedia(日本語版) / Wikipedia(英語版)


 

魯迅の名言・格言集




魯迅の名言(1)


名言・格言

 

「人生」の長い旅をゆくとき、

よくぶつかる二つの大きな難関がある。

第一は「分かれ道」である。

第二は「行きどまり」である。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

自分で盗賊だと名乗るものは

用心する必要がない。

裏をかえせば善人だから。

自分で正人君子だと名乗るものは

用心しなければならぬ。

裏をかえせば盗賊だから。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

むかし景気のよかったものは

復古を主張し、

いま景気のよいものは

現状維持を主張し、

まだ景気のよくないものは

革新を主張する。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

目的はただ一つしかない。

それは前進することなのです。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

天才なんかあるものか。

僕は他人がコーヒーを飲んでいる時間に

仕事をしただけだ。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

うしろをふり向く必要はない。

あなたの前には

いくらでも道があるのだから。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

平和というものは

人間の世界には存在しない。

しいて平和と呼ばれているのは

戦争の終わった直後、

またはまだ戦争の始まらない時を

いうにすぎない。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

人類というのは寂しいものではない。

楽天的なものだ。

生命は進化するのだから。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

皇帝と大臣は「愚民政策」をとるし、

人民にもまた「愚君政策」がある。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

自由はもちろん金で買えるものではない。

だが、金のために売り払うことは出来る。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

生命の路は進歩への路だ。

生命は死を怖れない。

死の面前でも、

笑いながら、踊りながら、

滅びる人間を踏み越えて前進する。

 

- 魯迅 -


名言・格言

 

他人の歯や眼を傷つけながら、

報復に反対し、

寛容を主張する、

そういう人間には絶対に近づくな。

 

- 魯迅 -



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