ロダンの名言・格言




ロダンの名言・格言


オーギュスト・ロダン(1840年~1917年)

フランスの彫刻家。『近代彫刻の父』と称される。代表作は『地獄の門』、その一部を抜き出した『考える人』など。

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1840年11月12日、フランスのパリに労働者階級の子として生まれる。

ロダンは10歳のときに美術に興味を持ち、14歳で工芸学校に入学。デッサンや絵画を学ぶ。

17歳のときに工芸学校を退学。国立高等美術学校への入学を志願したが不合格。その後、3年連続で入学を拒否されたロダンは室内装飾の職人となる。

23歳のころにロダンは動物彫刻の大家アントワーヌ=ルイ・バリーに弟子入り。翌年に裁縫職人のローズと出会い、長男をもうける。

ロダンが29歳のときに普仏戦争(1870~1871)が勃発。近視のロダンは兵役を免れるも生活が苦しくなる。一家は職を求めてベルギーへ移住。ロダンは建設作業に従事した。

ロダンは34歳のときに念願のイタリア旅行へ出かけ、そこで目にしたドナテッロとミケランジェロの彫刻に衝撃を受ける。

ベルギーに戻ったロダンは『青銅時代』を制作、彫刻家として活動を再開する。

ロダンが39歳のときに建設予定の国立美術館のモニュメント制作の依頼を受ける。ロダンはダンテの『神曲』地獄篇に登場する『地獄の門』をテーマとして選ぶ。

ロダンが42歳のとき、19歳のカミーユ・クローデルが弟子となり、ロダンはこの若き才能と魅力に夢中になる。ロダンには内妻ローズがいたため三角関係となり、その関係は15年にわたって続いた。

ロダンが47歳のときに美術館の建設計画は白紙に戻り、ロダンに『地獄の門』の制作中止命令が届く。ロダンはこれを断り、お金を支払い『地獄の門』を自らの物とし、制作を続けた。

1917年11月17日、ロダンは77年の生涯を閉じた。

『地獄の門』は未完に終わったが、その一部分を抜き出した『考える人』は数多く鋳造されている。

Wikipedia(日本語版) / Wikipedia(英語版)


 

ロダンの名言・格言集




ロダンの名言(1)


名言・格言

 

情熱をもってあなたの使命を愛せよ。

それが人生の意味である。

 

- ロダン -


名言・格言

 

経験を賢く生かすならば、

何事も無駄ではない。

 

- ロダン -


名言・格言

 

芸術家とは自分のやっていることに

喜びを覚える人のこと。

だからすべての職業に

芸術家がいるのが望ましいのだ。

 

- ロダン -


名言・格言

 

着物を脱ぐ女性の美しさは、

雲を貫く太陽のようだ。

 

- ロダン -


名言・格言

 

人間の身体は、

まず第一にその魂を映し出す鏡であり、

そのことが最高の美しさを生み出すのだ。

 

- ロダン -


名言・格言

 

私は何も発明しない。

再発見するだけだ。

 

- ロダン -


名言・格言

 

深く、恐ろしく真実を語る者であれ。

自分の感ずるところを表現するに

決してためらうな。

 

- ロダン -


名言・格言

 

自然は至上の建築家である。

自然の一切は

最も美しい釣り合いを持って

建てられている。

 

- ロダン -


名言・格言

 

芸術に独創はいらない。

生命が要る。

 

- ロダン -


名言・格言

 

シンプルになればなるほど、

わたしたちはより完全になるのだ。

 

- ロダン -


名言・格言

 

忍耐もまた

行動の一つの形態だ。

 

- ロダン -


名言・格言

 

自分が何かをやることさえ確かだったら、

少しぐらい待っても何でもない。

 

- ロダン -



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