真の自由 – 連載コラム「猫の名言」




猫の名言
photo: Ri 13

連載コラム「猫の名言」

日本初のプロ民族音楽演奏家でもあり、現在「福岡猫の会」で病気の保護猫たちの看病を続けられている若林忠宏氏による連載コラム。猫や人間に関する世界の名言を紹介しながら、猫たちとの生活のなかで筆者が体験したことや気づかされたことをつづります。(「猫の名言」TOPページはこちら
 



Vol. 7 「真の自由」

 
単独で行動する猫は、ひとつの目的を持ち、自分の意のままに行動するが、犬は主人同様、頭の中が混乱している。

Herbert George Wells (ハーバート・ジョージ・ウェルズ 英SF小説家 / 1866~1946)
 

 H.G.ウェルズは、「タイムマシン」「透明人間」「宇宙戦争」などで知られるSF小説の元祖のひとりで、かなりの愛猫家としてもよく知られています。

 
 元祖のもう一人、Jules Gabriel Verne(ジュール・ヴェルヌ 仏 / 1828~1905)の代表作
「海底二万里」「八十日間世界一周」「気球旅行」「地底旅行」
などのほとんどは、すでに20世紀に現実のものとになりました。

と、いうことは、彼らのSFの世界は「馬鹿げた夢物語」ではなかった、ということです。

彼らの「想像の世界」は、その時代の人間には計り知れない、しかし科学の行く末が見越せたかのような天才的な叡智とひらめきと、何らかの啓示の力によるものではないでしょうか。

 
 さらに言うと、現代もまだ実現していないものさえ想像できてしまった、H.G.ウェルズは、より驚異的な空想力の持ち主ということです。

と言うより、彼の超人的な才能は、「現実や現象」を深く掘り下げて感じる観察力と
「自然の摂理」というものを掴み取る洞察力。

「常識」に捕われない価値観に裏打ちされた理解力、分析力の賜物であるはずです。

ならば、そのような人間が言う「猫のこと」です。かなりの深い意味があると考えるべきでしょう。

 
 猫が「自分の意のままに行動する」姿は、誰もが「気ままでマイペースである」「ワガママで自分勝手である」と感じるところですが、ウェルズが言う意味はきっともっと深い意味であり、
それは彼が同時に示した「ひとつの目的」と「独立棲(群れずに単独で生活する)」、そして「群棲の犬と人間は混乱している」というキイワードと共に理解しなくてはなりません。

 
 つまり、猫の一見ワガママに見える「生き方」や「ひとつひとつの行動」は、
大きな目的に沿った必然的な行動の一環であるということ。

そして、それは「群棲の生き物」の感覚を逸脱しているということです。

 それは、この連載コラムのVol.3で述べた「猫は道無き道をも行く」ということと関連しているように思います。

 
 例えば、猫が遠くにある山を目指していた場合、その最短距離に河があればそこを渡り、ジャングルがあろうとつっきって真っすぐに進むに違いない、ということです。

 勿論多少の揺れ動きはあっても、決して山を見失うことはないのです。

 濡れることが嫌いな猫が河を渡ることはないように思えますが。
実際、水より怖いバス通りをエサを求めて何度も走り渡り、そして轢かれて死ぬこともしばしばあります。

 しかし猫は、仲間を引き連れ河を渡り、バス通りを渡り、ジャングルをつっきって行くのではなく、常に「自分ひとりで、自分ひとりの智恵と力で」果敢に立ち向かっているのです。

仲間の命を危険にさらしたりしない替わりに、疲れ果てた仲間や、傷ついた仲間を待つ必要も、足を引っ張られることもないわけです。

 
 一方の私たち人間と犬は、
河に行き当たったら「橋」を探します。

ジャングルに行き当たれば「けもの道」でもよいから少しでも安全に歩ける「道」を探します。

ところが、そうしている間に「山」を見失ってしまうのです。

まるで「道を歩くこと」や「橋を探すこと」が目的だったかのようになってしまうのです。

 加えて、仲間と助け合いながら行けば、心強いし、分業も出来る。

ところが自分のペースは崩さねばなりません。

同じように、いつしかその人間関係が大きなテーマになってしまうのです。

これらは正に「混乱」の姿であるわけです。

 
 では、「猫のひとつの目的」。つまり「遠くの山」は、一体何なのでしょうか?
それを分かるヒントが、ふてぶてしくも憎めない猫キャラクター「ガーフィールド」で知られる猫漫画家Jim Davis(ジム・デイビス 米 / 1945~)の言葉、

我々は心の奥深くに同じ欲望がある。ネコはそれに沿って生活している。

にあります。 

 
 本当は人間もそれを一番欲している。
つまり、それこそは「自由に生きる」ということに違いありません。
しかし、人間は、
「ルールや人間関係のしがらみ」から解放されることが「永遠の願望」であり「目指していた目的」としか思えなくなっているかも知れません。

 
 少なくとも、「溺れる危険をおかして河を渡る」「危険の多いジャングルを行く」ことの先に「目的」があるとは思いませんし、仮にそう思っても、そのような道を行くことを願わないことでしょう。
つまり「傷つくこと」や「苦労」を引き受けて得るものが「自由という目標」であることを見失ってしまったのでしょう。

 猫は、未だにそれをやり続けているのです。

 
 最後までお読みくださってありがとうございます。

 
 民族音楽演奏家/福岡猫の会代表: 若林忠宏


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著者紹介(若林忠宏氏)

「福岡猫の会」




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